DUNE libartane

WILLIAM KLEIN

TOKYO 1961

私がはじめて日本を訪れたころ、東京はオリンピック開催に向けて混沌としていました。街じゅうの道が混んでいて、どこへ行くにも苦労したことを覚えています。私たちのホテルは、古き東京の名を冠していました。そこではアーティストや文化人が行き交い、毎週土曜日には結婚式が行われ、地下にとても美味しいレストランがありました。私と妻のジャンヌはよくカウンターに腰をおろし、ニンニクの効いたステーキが目の前で料理されているのを眺めていました。ある日、ランチの最中に地震が起こったときのことです。日本では珍しいことではないので、その場にいた日本人たちは、併設された美しい日本庭園へ逃げ込んだ私の妻を見て笑っていました。彼らにとってみれば、決して大したことではなかったのです。

訪れた都市を撮るときには、此処こそが我が家、と感じる必要があります。それを、東京では感じることができた。所々に古き街並みが残っていて、家や庭が昔ながらのままでした。その情景に心から魅了された私は、一、二ヶ月にわたった滞在の間、朝も夜も毎日写真を撮り続けました。

私が撮ることを、大野一雄・慶人親子と土方巽はとても喜んでいました。私が「スタジオではなくて、外で撮るよ」と言ったときは驚いていたようですが、彼らは私のアイデアを快く受け入れてくれました。そして大衆が向ける好奇の目のなか、銀座の小道や地下鉄を踊り歩くことになったのです。その出来事をきっかけに、彼らはその後も定期的に街へ出て行くようになり、今日に至るまでその行為は伝統として受け継がれています。結果として私の写真は、路上で繰り広げられる舞踏の初めてのルポルタージュとなりました。

William Klein April, 2016

All Images Courtesy by William Klein