DUNE libartane

RICK OWENS x ISHIUCHI MIYAKO

親愛なる都へ

 

この度は父の思い出をあなたの比類なき視点によって捉え、そしてそっと讃えていただけること、大変光栄に思います。父は第二次世界大戦中、米軍の一員として日本に駐在していました。その当時に父が入手し、それからずっと大切に保管していた着物の数々を、今回あなたに送らせていただきました。私が子どもの頃、父はクローゼットの奥に軍用スーツケースをしまっていて、その中に思い出の品を保管していました。お預けした着物はその一部です。クリスマスになると、父はバーガンディとベージュのストライプが施された冬物の綿入りの着物をスーツケースから出して羽織り、私たちは彼の音楽部屋の床に座ってヘンデルの「メサイア」を聴き、彼は日本茶を飲んだものです。

 

父は厳格な人で、哲学的・道徳的な会話を好みました。そして、そんな会話ができるだけの知識や教養がない私に対していらだちを感じていました。私は父の落胆をひしひしと感じましたし、父はそれを隠そうともしませんでした。父には皮肉を朗らかに面白可笑しく言うような一面があり、まっすぐな優しさも持ち合わせていましたが、根本にある厭世の気持ちが表れるとき、それをオブラートに包むことはしませんでした。

 

父はアメリカ大恐慌時代に生まれ、早くに母親を亡くしています。そして私の祖父はアルコール中毒で、幼少の父を孤児院に預けました。そういった理由からか、父は質素なものを好み、派手なものや装飾の世界を嫌いました。特に、女々しい息子がそんな世界に興味を示すことを嫌いました。

 

だからこそ、軍用スーツケースに保管されていた数々の着物や巻物になった書道作品、着物をまとった父が美しい庭園で写っている写真は、一つの謎として、そして大きな魅惑の世界として私をとらえ続けてきたのです。青年期の父が異国情緒に染まり、着飾ってみることを自らに許した時代が、そこには感じられるからです。

 

しかし、父は自らの美的感覚の全てを自制していたわけではありません。父は古典文学の本やクラシック音楽のレコードをたくさん持っていて、私の子ども時代はそれら一色でした。マルセル・プルーストやステファヌ・マラルメ、モーリス・メーテルリンク、ワーグナー、シェーンベルク、バルトークなどのアーティストがテレビに取って代わっていたのです。父は家でテレビを見ることを許してくれず、子どもの私はもちろんそんな規則に反発しましたが、今では心から感謝しています。自分に子どもがいたら、自分は同じことができるだけの強さを持っているか̶̶今の自分には自信がありません。

 

父がいかにして私に厳格さと規律を教え込んでくれたか、それが今になって解ります。それこそは今、私がなすことすべての基盤であり、個人的な達成感を得る源となっているからです。父は私に恐怖と恥の念を教え込んでくれましたがそれがなければこれまで私は他の何に反応できたでしょうか。父は人種や女性、そして同性愛者に対してとても無慈悲な意見を持った男でした。私はそれを私なりに、私の個人的な美的表現で均衡を保っていたのですが、それが父をたいそう怒らせました。

 

のちに私はパリでデザイナーとして認められ、父はそれを私とともに楽しもうと最善の努力を尽くしてくれました。しかし、自分の道徳観、もしくは彼の目から見てのその欠如、について喋りたがらない私が原因で疎遠になりそれから3年間口をききませんでした。父がこの世を去る段になって、電話で静かに別れを交わしたのが最後の会話です。感傷的な愛情を互いに感じずにはいられないのに、そもそも私と父は不倶戴天の敵だったのです。

 

2017.7. 8  Rick Owens

 

 

親愛なるリックへ                                                                                                2017.7.16

 

手紙をいただきありがとうございました。手紙がかなりシビアな個人史だったのでびっくりしました。

 

私は今までファッション業界とは関係がなく、あなたの名前も最近知ったばかりでした。私の写真のコンセプトとファッションは相入れない世界だと思っていたのですが、お父様の遺品のきものがあることがわかり、心が動きました。

 

あなたの生き方に良くも悪くも影響のあった父と息子の関係性の具体的なカタチとしてのきものは、日本とアメリカの歴史と極私的な歴史を体現していることを理解しました。

 

連綿と続く時間の流れの中で過去でなく、ただ今、現在、ここに、私の目の前に存在しているきもの(夏のきもの―絽、紗、冬のきもの―どてら)たちは時代を超えて新しい関係を作り出そうとしています。お父様の遺されたきものたちは、あなたと私を結びつける絹の糸になりました。

 

私は学生のころ美術大学でテキスタイルを学び、糸を染め布を織っていたので専門的な知識があります。その時の織機は今ももっています。

 

あなたの仕事はとても質が高く、一貫した思想性がみごとに反映されていて、人間の哀しみと喜び、自由と不自由、所有と非所有、寛容と非寛容の両局面を表現しているように感じました。

 

初めてのファッションの撮影が「RICK OWENS」だったことはなんと運の良いことでしょうか。

石内 都