DUNE libartane

WALTER ROBINSON

滲み出るロマンティズム

1950年に米デラウェア州に生まれたウォルター・ロビンソン。コロンビア大学で美術史と心理学を二重専攻していた彼は、1970年代半ばにはアート専門誌の編集者としての活動を始めていた。新進気鋭なアンダーグラウンドアート誌として伝説を残したArt-Rite誌の編集に始まり、Art in America誌、East Village Eye誌やArtnet誌などでアメリカンアートを的確に批評し、次第に名を成していった。ロビンソンはジェーン・ディクソンやキキ・スミスなどと共に、影響力を持っていたアーティスト集団Collaborative Projects(通称〝Colab〞)のメンバーであり、評論家としての活動の傍ら自身で絵も描いていた。彼の有名な絵画『Romance』シリーズは、NYの西41丁目に放置されたままであったマッサージサロンで行われた『Times Square Show』展にて初めて発表された。その二年後にはColabの民主的で誰でも受け入れる姿勢と、エクスクルーシブで排他的なアート業界のギャップを埋めることとなった彼の初ソロエキシビジョンが開催された。どこにでもあるような小さなキャンバスに描かれた絵画が「マスメディアの視線から捉えた、様々なカルチャーが発信する不満」を表現したアートを取り扱っているとするメトロ・ピクチャーズ・ギャラリーにて展示されたのだ。メトロ・ピクチャーズがサポートするアーティストであるリチャード・プリンスやトーマス・ローソンとともにロビンソンは、多くのメディアが賞賛するビジュアルのトーンや色彩、雰囲気に対して、ポップ・カルチャーに皮肉を込めて描写するというコンセプトを生み出した。アーティストが抱える〝マスへの影響力を及ぼしたい〞というビジネスメンタリティーと、〝自分の作品を通して意見を発したい〞という繊細なマインドの葛藤を再解釈し、比喩したのだ。評論家のカルロ・マッコーマックはロビンソンの作品を「澄んだ心で表現した極度にひねくれた風刺」であると語る。当時の正統派であったプリンスやデビッド・サーレのどこか冷たく超然としている作品と比べて、ロビンソンの作品は滲み出るロマンティズムが否めない。1980年代の半ばにはロビンソンの筆使いは成長を遂げ洗練し、極めて神聖とされていた抽象表現主義者たちのようなタッチをものにしていた。さらに当時は前代未聞であった自分で撮影した写真を筆でキャンバスに起こすという作品をつくりはじめ、題材や被写体の視野を広げた。モランディの静物画を思わせる並べ方をしたビールの缶やボトル、大量のエキセドリンやタンパックスを含む薬局製品や洗面用品(『Pain Killers(痛み止め)』や『Fertility(豊作)』など抽象的でほのめかすようなタイトルをつけていた)のほか、グリーティングカードに描かれている子猫の絵やスピン画などキッチュな作品を作りはじめた。もはや風俗画との境界線に立っていたロビンソンは同時に、ものすごいスピードで進展するイースト・ビレッジのアートシーンの記録係にもなっていて、ギャラリーを運営していたアニー・ヘロンをはじめとする光り輝きはじめたアーティストたちの、普段の飾らない姿を完璧にポートレイトに収めていた。2000年から今日にかけて描かれた絵画のラインアップには徹底的に描き続けたハンバーガーシリーズや宅急便制のファッションモデルたち、自画像ポルノなどがある。ロビンソンはメディアに乗っ取られた現代世界の切望と資本主義の融合を絶妙に捉え、焦点を当てている。彼の最近の作品の中にタバコ一箱の絵や立ち並ぶ酒瓶の絵がある。「静物画を欲望の対象とすることで、甦らせたかったんだ。そして象徴的なオランダ発の静物画が形式化されたことにより、モダニズムが消えたことを主張したかった。」抽象表現主義を思わせるさりげない引用を現代主義のアーティストであるリチャード・ディーベンコーンやブライス・マーデンの手法を引き合いに出し、訴えかけている。彼の旧友でありアート・ディーラー/キュレーターであるジェフリー・ダイチがロビンソンをレトロスペクティブ展『Walter Robinson:Paintings and Other Indulgences』という形式で紹介している。マンハッタンのダウンタウンに位置するウースター・ストリートのギャラリーでの展示では、彼が1979年から2014年の間に製作したものを一挙に94作品公開した。ウォーホルやバスキア、そしてジェフ・クーンズなど様々なトップアーティストを手掛け、世界的な美術館やコレクターのアートアドバイザーを務めるダイチはこの展覧会を開催するにあたりこうコメントを残している。「ウォルターのアートにおける業績を記録したこの生き生きとした素晴らしい展覧会を開催できてとても光栄に思います。ウォルターはリチャード・プリンスよりも早く看護婦の絵を描き、ダミアン・ハーストよりも早くスピン画を描いた人なのです。彼はアートコミュニティーの中心に居続けたにも関わらず、その謙虚な姿勢とアグレッシブなキャリア志向への嫌悪により見過ごされてしまっていることが多い。僕は繊細にキュレーションされたウォルターの作品の数々をニューヨークのアートコミュニティーに紹介するのが楽しみでなりません」画家としての活動やキュレーターとして多彩な才能を発揮し、アメリカンアートに大きな影響を及ぼした彼こそ、モダンアメリカンアートの原点なのかもしれない。

TEXT BY NINA UTASIRO