DUNE libartane

TOMOO GOKITA INTERVIEW

とりあえず紙と鉛筆、それが面白くなっちゃっただけだよ。

今年の始めに開催されたMary Boone Galleryでの個展、おめでとうございます。とてもエキサイティングなニュースでした。でもこのスタジオ、初めて来た時から全く変わってませんね。2007年にジャーナルマガジンの記事に載せるポートレイトを撮りに来ましたよね。

TOMOO GOKITA(以下、T):ずっと一緒だね。変わらないよ。でもあれからお互いに色々変わったよね。

そうですね。お互いに子供が出来たり、その他にも色々とありましたね。ここ最近の五木田さんはとてもいい流れに乗っているようで、精力的に作品を発表されていますね。さっそくですがまず始めに、アーティストとしてのキャリアについて教えて下さいますか?

T:金をもらって初めて絵を描いたのは高校二年生。パントマイムをやってる人から突然話があってポスターのデザインやったの。その頃は漠然と絵が好きで、そんな仕事が出来たら良いなって思ってた。よくインタビューとか受けると「五木田さんはどちらの大学を?」なんて聞かれるけど「行ってねえよ」みたいなね。それはちょっと気分がいいね。イラストレーターとしての仕事をして軌道に乗ってたんだ。CDジャケットや広告の仕事をしていたんだんだけど気がついたらデザイナーみたいになっちゃってて。そんときに「嫌じゃないけど向いてないな」って。で、その時の相方に「俺、絵の方でいくよ」って伝えて絵を描くことにしぼったんだ。イラストレーターでもなんでも良かったんだけど、イラストの仕事も「あのタッチで一発」ってデザイナーの時とおんなじ感じになっちゃって。今度はそれが嫌で、悩んでLAとかメキシコに逃げた時期があったんだ。帰ってきたら金もないし、白黒の絵ばかり描いてた。そしたら今度はリトルモアの竹井さんが面白いから本を出そうということになって、『ランジェリーレスリング』って本を出したのね。その本を見たテーラー・マキュメンスっていうアーティストがNYでやるグループショーに誘ってくれたんだ。そっからだね、アーティストとしてのキャリアがスタートしたのは。2004年かな。

芸術系の学校に行って勉強してというような、王道のレールみたいなものからは外れていますよね。海外で純粋に評価されたのは本当に良いきっかけでしたね。

T:そうそう、未だにこっちでの仕事の数は少ないね。イラストレーターとして認識されてるんだよ。ある種痛快。短時間にダダダってここまで来たからね、「笑えるだろ?ギャグだよギャグ」ってね。

日本ではTaka Ishii Galleryを中心に、そしてアメリカでは作品の発表を10年ほど前からしていますよね。今回NYでの個展、Mary Boone Galleryで発表をすることになった経緯を教えて下さい。

T:今までもNYでの個展の話は沢山あったし、俺も制作資金が欲しかったから色んな誘いに乗りたかったんだけども、周りのみんなには、「もうちょっと待て」と言われ続けてさ。個展をやる時期を待ってたようなものだね。

Bill Bradyとは昔からアメリカでの活動をする時には一緒にやっていますよね。

T:彼はNYで何回も引っ越しながらずっと小さいギャラリーをやっていて、そこで俺はよく展示していたんだよ。Billは他のすかした奴らとは違って、短パンにスケボーに乗って現れてさ。打ち合わせに来て早速「呑もうぜ」てな感じが俺の性にあったね。今は地元のカンザスでBILL BRADY KCって大きなギャラリーをやってる。彼がNYを去ってから俺は発表の場が見つからなかったんだけど、ひょんなことから話が拡がってさ。アーティストのKAWSが俺の絵を結構前から気に入って買ってくれていたんだ。それで、彼はMaryと知り合いで、彼女がKAWSの家に行った時に、俺の絵を見て「誰これ?」「知らないの!?」ってなったみたい。それで彼女は自分のギャラリーで個展をしたいって言ってくれたんだ。

五木田さんの作品に一目惚れだったんですね。待ったかいがあったじゃないですか。

T:あったよー。最初にオファーが来て、「えっ?Mary Boone!?やるやる」ってさ。俺からすれば80年代のかっこいいアーティストはみんな彼女のところだからさ。緊張はあったよ、頭ん中で考え抜いてね。今までとは違う緊張感があったけど、制作に入ったらいつもと同じで関係なかったね。上手くいかないときはいかないし。今回一つだけ決めていたのは、俺わりと抽象画っぽいのも描くんだけど、今回は全部具象、ポートレイトっぽいのに特化してやろうと決めていたね。でも今回は半年ぐらい全然上手くいかなくて、電話して「やっぱやめます。」って言おうかって思うくらい落ち込んじゃって。一度Maryから「どんな感じ?何枚ぐらい描けた?」って連絡がきて。正直に言おうって思って「ごめん、まだ一枚も描けてない。」って言ったら、「あらそう。頑張ってね。」って言って電話を切られたんだ。でも他の人達には「まだ一枚も描けてないんだって、大丈夫なの彼は!?」って言ってたらしいのよ。俺にはすごい優しいんだけど、BILL BRADY KCのBillにも「Bill、彼は大丈夫なの!?」って言ってたみたいで、Billは「トモオは早いから。一回スイッチ入ればバーッて描けるから大丈夫だよ。俺はもう何回も経験したから。」って言ってくれたらしいんだけど。ホントその通りで、一枚オ!って思うのが出来るとずーっと描けるんだよ。彼女は最近では「新しい血を入れたい」みたいな考えがあるらしいね。でも彼女はほんとにすごかったよ。NYに着いてから結構待たされたんだ。「設置作業はいつなの?」ってずっと聞いていたんだけど「もうちょっと待って」って言われ続けて。そしたらオープニングの前日に飾るって言われて。そこで初めてMaryと直接顔を合わせたんだけど、制服を着た設置のプロが十何人もズラッと並んでいてさ。それで拍手で出迎えられるっていう(笑)。

しっかり演出されていますね。今回もそうですが、モノクロームの世界へのこだわりはあるのですか?

T:別にこだわってるわけじゃないんだけどね。まず、昔に金がなくて絵の具が買えないって時もあったし、とりあえず紙と鉛筆、みたいな世界から始まっちゃって。それが面白くなっちゃっただけだよ。最近はカラーで抽象画みたいのも描いてるしね。

やはりキュレーターやギャラリーから、作品に対して要望を言われたりするんでしょうか?

T:あるある。イラストレーターの時代には「あれでお願いします」ってのが嫌だったんだけどさ。また始まるなーってのがあるね。前にLibertin DUNEで出した青い絵の具で描いた作品群とか、個人的には「完ッ璧」って思ったけど「なんで青にしたの」ってみんなに言われたよ。「イヤー飽きちゃったんだよ黒いの。それだけの理由なんだよ。」ってね。「ポートレイトっぽいので」とかっていうギャラリーの意向があるときもある。やっぱり自分が絶対に嫌だったらばやらないけども、今んところは嫌でもないな。

2004年からわずか10年というアーティストとしてのキャリアですが、次はついに美術館で回顧展ですね。

T:まずいよね。でもなんか波が来たから乗っちゃおうって思ってる。もう何を思われてもいいやってさ。

波を待ってもこない人もいるから、乗っちゃったほうがいいと思います。その回顧展について教えて下さい。

T:8月31日から。内容は新作も含めた回顧展って感じだよ。無理だって最初言ったんだけどね、早いでしょって。でも新作に関しては売るわけじゃないし、「やりたくても出来なかったようなものを好きにやってください」って言われて。今その制作をしているね。

次にチャレンジしたい事は?

T:特にないかな。俺ずっとそうなんだよ。ずーっとそう。「何の戦略もないよ」っていつも言うんだけど。元々自分の作品についてペラペラ語る方じゃないんでね。大して語ることもないのよ。みんなよくあんなに喋れるなーって思うんだけど。

語っちゃった分つまんなくなっちゃうってこともありますもんね。

T:あるある!!特に絵の場合は多くを語んない方がいいと思うんだよね、絵なんだからさ。解説みたいなものは、誰かが言うんだったらいいけど、俺は自分で言うのは嫌だね。

絵以外にやりたいことはなにかありますか?

T:んー無いね。絵を描くのは楽しいときと、苦しいときがある。苦しいときの方が長いけどね。でも知らないうちに仕事になってるからさ。俺を最初にNYに呼んでくれた貧乏なアーティストが一杯いるんだけど、皮肉っぽく言われたね。「MaryBoone行ったら次はなにやるの?映画でも撮るの?ジュリアン・シュナーベルみたいに?」とかさ。

いまやお父さんだから、後戻りできないですしね。

T:後戻り出来ないよ。お父さんだからねえ。

INTERVIEW AND PORTRAIT BY KAZUMI ASAMURA HAYASHI