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SANDY KIM INTERVIEW

10年間の沈黙を破り新星ついに現れる

ロウアーマンハッタンで安価な物件を求める若手のアーティストが、 こぞってチャイナタウンに棲息している。今をときめくスターフォトグラファーのライアン・マッギンレーも、未だこの場所を離れずスタジオを構えている。彼に次世代のアーティストについて聞いたところ、「今のダウンタウンには、彼女のようにパワフルな写真を撮るフォトグラファーはいないよ!」と今一押しの写真家としてサンディー・キムを紹介してくれた。“27歳”、“ニューヨークフォトグラファー”、“センセーショナルなセックス写真”、“セルフポートレート”、“バンドの仲間達”。彼女の周囲を取り巻くこれらのキーワードは、ダウンタウンアートを語るに十分である。ニューヨークはいつの時代でもアンダーグラウンド・アートシーンが時代の流れを生み出し、人々を引き寄せ、魅了する。これこそ人々がニューヨークをアートの街と呼ぶ理由だが、世界中の誰をも受け入れるこの小さな街で、アート界のスターダムにのし上がるためには、ただの“素晴らしい才能”だけでは開くことのできない魔法の扉が存在する。サンディー・キムは、パーソナルなインシデントや日常を捉えることで、2010年代のユースカルチャーを写し出すだけでなく、インターネットを新たなアート・ツールとして駆使することで、ダウンタウンの新世代を担っている。こうして、ライアン・マッギンレーの後を継ぐ、2010年代バーションのスターフォトグラファーとしての地位を獲得しつつある。露店でごった返すチャイナタウンでアパートの入り口を見つけられず、路上でサンディを待っていると、ミチコロンドンのスタジャンを羽織った小柄な彼女が、人混みをかき分け颯爽と出迎えてくれた。真っ黒なウェービー・ロングヘアーをかきあげながら、笑顔で初見の私たちに手を振る彼女の姿は、ダッシュ・スノーやライアン・マッギンレーとの出会いを思い起こさせるような、希望と喜びに満ち溢れていた。アーティストがときめきに充満していると、人々は魔法にかかってしまう。そんな印象を感じさせるサンディ・キムに、彼女のルーツについて尋ねてみた。

カリフォルニアからニューヨークに移ってきたんですよね。

 

Sandy Kim(以下、S):私はサンフラ ンシスコから車で40分くらい北にある、カリフォルニア州のモントレーで生まれたわ。その後サクラメントに移ったの。これは全部子供の頃の話なんだけど。オレゴン州のポートランドの中学にいって、ワシントン州のタコマで中学を卒業し、またポートランドに戻ってそこの高校に行き、サンフランシスコに戻ったの(笑)。私はアメリカで生まれた韓国の二世なんだけど、両親が韓国料理のレストランを経営していて、ポートランドにお店を出したの。そしたら当時の韓国大統領がうちのレストランに食べに来て、それがきっかけで大繁盛したのよ。うちの親は飽き性で、私もその性質を受け継いでるんだけどね、ポートランドのお店を売ってワシントン州のタコマに店を開くことになったの。新しいレストランを契約したときに、仲介役に 6万ドルを払ったら、持ち逃げされちゃって。その人詐欺師だったのね。風の噂でその後その人は銃で撃たれて殺されちゃった話を聞いたわ…。その後レストランはあまり繁盛せず結局ポートランドに戻ったんだけど、両親の離婚をきっかけに私はサンフランシスコで大学に行こうと決心して、アカデミー・オブ・アート・ユニバーシティーでグラフィック・デザインを専攻して卒業したの。

グラフィックデザイナーとして働いたことは?

 

S:卒業して就職したのはグラフィック・デザインの事務所だったけど、続かなかったわ。小さな広告代理店みたいで、自分に合わなかった(笑)。インターンから始めたんだけど、殆ど全てをやっていて、22時まで仕事して残業手当なし、なんてこともあったの。でも、そんな仕事や人種が自分には合わない、ということを知るには良い経験だったわ。

写真はその頃から撮っていましたか?

 

S:その頃、確か2010年だったかな、DAZED&CONFUSEDでライアン・マッギンレーが、私のことをフェイバリットフォトグラファーだと言ってくれたの。それがきっかけで、一週間後に勤めていたデザイン事務所をやめたのよ。もう、いきなり写真家デビュー!って感じよね。サンフランシスコに移った頃から写真を撮ってたの。デザイン事務所で働いてたときもね。ポートランドに住んでた頃は全く違う人たちとハングアウトしてたのよ。それが、悪いことをいっぱいしてたアジア人のギャングたちだったから、その時はクリエイティブの世界なんて全く知らなくて、サンフランシスコに移ってからいろんな音楽やアートを知ったのよ。

バンドのバックステージやツアーの写真を撮っていましたよね?

 

S:あ、それはGIRLSというバンドのツアーの写真ね。若い頃は、アメイジングな音楽に囲まれて、毎日 クレージーなパーティーをしてい て、ここが私の居るべき所だ、って 感じだった。音楽聞いて楽しいこ とだけして写真をとるわ!、みたいな。現実的ではなかったの。だ から、将来を見据えてニューヨークに移ったのよ。その後に、友達のBryan Derballaがやっている『LOVEBRYAN』っていう、写真家が投稿するブログがあるんだけど、彼が作品を載せてもいい?って聞いてきたから、もちろん!って答えたわ。それがブログ掲載初体験だったんだけれど、そしたら、もっと見たい!って反響がきたの。ちょうどその頃、GIRLSも名前が売れ出してたから、私の写真も同じく世の中に認識され始めたのよ。はじめはポラロイド。で、ダッシュ・スノウやナン・ゴールディンが何者なのか知らなかったけれど、周りの人がナンの作品みたい、って言うから調べてみたりして色々勉強したのよ。彼 女の作品はすごいわよね!

テリー・リチャードソンのように、男性の視点でセックス写真をアートとして表現することは今までもあったけれど、前例はあるにせよ、女性ではあなたの作品が有名ですよね。

 

S:テリーの写真は自分のセックス写真をウェブサイトに載せるまで見たことがなかったの。彼の写真を初めて見たときに、すごいかっこいいと思ったの。とにかく私のブログなんて誰も見ないと思っていたから。私のコントロール出来る範囲を超えてるわ。インターネットってすごいわね。

気になっているアーティストは? ライアンがあなたのことを教えてくれたのよ。いまニューヨークいちホットなアーティストで男性には真似出来ない、って言ってたわ。

 

S:新しいジェネレーションね…ジャネット・ヘイズやリア・メーソンかしら。リアはウィットニーって子とワン・トゥー・ワンってギャラリーをやってたんだけど最近閉めちゃったのよ。ジャネットはデジタル・アーティストで、マックのデスクトップやフォルダー・アイコンのペインティング、他にもブラックベリーで作品を作ったり。流行ってるテクノロジーでアートを創るのよ。コラージュやペインティングが主なんだけど、彼女のアートを何て表現していいか分からないわ。インターネット・アーティストかな(笑)。ワン・トゥー・ワンってギャラリーは、エセックスとディランシーにあったのよ。最後の展覧会は、『All the Best People』ってタイトルで、アート・フォーラムが大きく取り上げていたわ。いい展覧会だったわ。あと他に好きなアーティストはジャック・グリアー、ブランデン・リンチ、アスガー・カールセンかな。アスガーの作品はシュールレアリズムみたいでアブストラクト。とにかくすごいのよ。

韓国にクリエイティブな仲間は?

 

S:韓国に家族はいるけども、コネクションは無いわね。私のウェブサイトもフィルターがかかっていて見れないって聞いたわ。

タンポン写真のせい?

 

S:最初にあの写真を載せたのはウェブサイトね。まさかそんなに反響があるとも、いろんな人が見るとも思わなかった。両親にも絶対に見せないようにしているの。いとこが私の名前をググって見つけちゃったから、親には「それは見ないで良いから!私はちゃんとやってるって信じて!」って言うしかなかったわ。ポルノでもやっていると勘違いしている節があるのよ。でも、次出るのは可愛らしい写真集だから、それは見てもらえるわ。

TEXT, INTERVIEW AND PORTRAIT BY KAZUMI ASAMURA HAYASHI
TRANSLATED BY TOMOKO OKAMOTO