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Remembering the Legendary Fashion Virtuoso Antonio Lopez

不朽のファッション:伝説のマエストロ、アントニオ・ロペス

2012年は、アントニオ・ロペスを知る人にも、そうでない人にとっても、彼の功績を振り返るのに最もふさわしい年だ。ロペスは、曖昧だったイラストレーションというジャンルを一人で再定義し、最新のファッションを洋服だけでなく時代の雰囲気と共に表現する、近代的な手法を開拓した。紙の上で彼は魔術師さながら、流麗な線ときらびやかな色使いで、60年代の若者の反逆心、70年代のグラマラスな空気、80年代の頽廃感を、独自のファッション・センスで表現してみせた。そんな彼が、1987年にエイズの合併症により、早すぎる死で彼のキャリアに幕を閉じた今尚、ルイ・ヴィトンのメンズデザイナー、キム・ジョーンズやアナ・スイは最新のコレクションで、彼へのオマージュを捧げている。ニューヨークはソーホーのスザンヌ・ゲイズ・ギャラリーで、溢れんばかりの才能と業績を称えた展覧会に合わせて、出版大手のリゾーリは、『Antonio Lopez:Fashion, Art, Sex & Disco』という、彼の活動を包括的に紹介した本を出版した。メディアがこぞって彼への再評価を声高に叫んでいる。確かにポストMTV世代にとって、ロペスの作品はなじみが薄いかもしれない。しかし70、80年代に多感な時期を過ごした世代のファッション好きであれば、印刷媒体のそこかしこで、彼の大胆かつ美しいイラストレーションを必ず目にしているはずだ。なぜならロペスとその作品は、彼のアイドル、アンディー・ウォーホルがそうであったように、ニューヨークとパリを魅惑的なプレイ・スポットに塗り替えてしまった、伝説的な先駆者であったからだ。長年にわたり公私ともにロペスと親交の深かったファン・ラモスは、リンダやシンディ、ナオミなどのスーパーモデルズが世に出る以前に、ジェリー・ホールやティナ・チョウ、グレース・ジョーンズやジェシカ・ラングたちの個性を魅力的に引き出し、アイコンとして作り上げることに成功した。時を同じくして彼は、後にファッション界で絶大な影響力を持つことになる、カール・ラガーフェルドやアンドレ=レオン・タリー、ビル・カニンガムやパロマ・ピカソなどと親交をもつようになった。そして彼のキャリアが絶頂にあった1982年、アントニオズ・ガールズ、という彼お気に入りのジェーン・フォース、パット・クリーヴランド、そして勿論ジェリー、ティナ、グレース、ジェシカといったお気に入りのミューズたちに着想を得た、写真やドローイングをもとにした本を出版した。同書は出版以来、熱心なファッションの学生ならば誰もが欲しがるコレクターズアイテムになった。ロペスはプエルトリコに生まれ、幼少期にニューヨークに渡りスパニッシュハーレムで生まれ育った。婦人服の仕立てとマネキン制作で生計を立てていた両親の影響で、彼のファッションに対する情熱は非常に早くから芽生え始めた。そしてその才能は、ラモスと出会うきっかけとなったFIT(ニューヨーク州立ファッション工科大学)でも、顕著なものとして注目された。ロペスはFITを早々に中退し、ウィメンズウェアーデイリーで働き始めた。この仕事が後に彼の安定したフリーランスの仕事、例えばニューヨーク・タイムズやボンウィット・テラーやヘンリ・ベンデル、ブルーミングデールや、フィオルッチなどの高級デパートへと結びつく切っ掛けとなった。つづいて、ロペスはヴォーグやハーパス・バザール、インタヴューなど高名なファッション雑誌とも仕事をすることとなった。ロペスは非常に多作でその創造性はとどまるところを知らなかった。彼のドローイングは単にファッション・ドローイングの枠を超え、そこには往年の名画や、シュールレアリズム、エルテ、そしてトム・オブ・フィンランドなど様々の要素が混じり合っていた。彼は自身の審美眼と才能を、ファッションのみならず、アートへの深い造詣によって磨きをかけたのである。ルイ・ヴィトンのメンズ2012秋冬コレクションにおいて、デザイナーのキム・ジョーンズは、アントニオ・ロペスからの影響を公にした。英紙ガーディアンとのインタヴューで彼は「今回のコレクションは全てアントニオと、彼の周りの人々が作り上げた70年代パーティーシーンの豪奢で退廃的な印象から影響を受けて制作しました。その頃パリはとても刺激的な時代で、多くの日本人デザイナーたち、例えばケンゾーが渡仏し、時代を塗り替えている最中でしたね。今回のショーの中は、アントニオとその友人たちが週末カール・ラガーフェルドの田舎の家に遊びに行き、ハンティング・ジャケットや、コート(勿論、クロコダイルのトリミング付き)などの無骨な服装に身を包んだりして楽しんだことからも着想を得ています。」このアントニオ旋風はとどまるところを知らない。化粧品会社M.A.C.は最近、ロペスのイラストレーションと、彼のミューズたちに焦点を当てた大々的キャンペーンを発表した。これらのロペスに対する注目は大衆文化において今一度その影響力を発揮し、新しい局面を迎えている。この洞察力に満ちた素晴らしい『Antonio Lopez:Fashion, Art, Sex & Disco』においてロジャー・パジーリャとマウリッシオ・パジーリャの兄弟はロペスを改めてデジタル世代に紹介するとともに、iPod の広告に見られるような大胆なグラフィックとの共通項を提示した。それは、派手派手しい色使いと数本の線、という大胆なスタイルでその時代の意識を描きとるアーティストが、40年以上も前に既にいた事実を伝えている。同書の中で、アントニオの親しい友人で高名なファッションエディターのアンドレ=レオン・タリーは次のように語っている。「アントニオは放縦でしたが、非常に節度がありました。彼の創り出す世界は色、線、形のどれをとってもロココ調アートの様に美しかったのです。本書では新しい世代が、彼という奇跡、彼の持つウィットや洗練された見識をいたるところで発見出来ます。驚くべき経歴を持った男の遺言のようにも思えます。」

 

『Antonio Lopez:Fashion, Art, Sex & Disco』の作者、ロジャー・パジーリャとマウリッシオ・パジーリャが、ロペスが彼らにとってどのような存在であったかを語る。

どこから『Antonio Lopez:Fashion, Art, Sex & Disco』の着想を得て、実現に漕ぎ着けたのですか?

Mauricio Padilha(以下MP):アントニオの影響が、私たちの世代にはとても大きなものであるのに、この業界に入る若者たちが彼のことを殆ど知らないことをとても残念に思っていました。本書は、彼の作品を必ず一度は見ているはずなのに、アントニオが何者かを知らない人たちに向けて編集しました

出版が決まった初期の段階で、ファッション界に大きなリバイバルが起こりつつあることを感じていたんですか?

Roger Padilha(以下RP):キム・ジョーンズやアナ・スイが自らのコレクションで、アントニオにインスパイアされたスタイルを発表したのは全くの偶然でしたが、出版すれば業界中に多大なインパクトを与えるであろうことは予想していました。スティーヴン・スプラウスの本を出版した時と同じ様に!

ニューヨークのギャラリスト、スザンヌ・ゲイズは丁度アントニオの作品とその人生についてのエキシビションを展開していますが、ご覧になりましたか? これもまた思いがけない偶然なのですか?

RP:これは偶然でなく、私たちが本書を編集する段階で、彼に関するエキシビションを展開するべきでは、と考えたからです。私たちは彼のイメージをスザンヌに見せ、出版と同時に何かしらの展示が出来ないかを相談しました。嬉しいことに、彼女が大変乗り気になってくれたんです。

アナ・スイはどのようにアントニオを発見し、彼の影響が十代の彼女にとってどれだけ重要だったかを真摯に語っています。あなた方にも同じような経験があるのでしょうか。お二人がどのように彼を見つけ、どのような衝撃を受けたのですか。

RP:アナがそうであったように、アントニオの影響力には計り知れないものがあります。70、80年代に青春を過ごすなか、アントニオの作品はあらゆる著名な出版物で特集されていたので、その素晴らしいイラストレーションを見逃すはずがありませんでした。彼の作品は本当にファッションの枠を広げ、当時の雰囲気を写真以上に強調し表現していたので、私たちは当然のように興味をそそられました。

アントニオの作品のどこに一番共感を覚えますか?

MP:彼の作品が彼の人生そのもの、というところです。彼にとって人生と作品はどちらが欠けても成り立たないものでした。私たちは、彼がアーティストとして成功したのは、人生への情熱が自然に発展した結果だと考えています。

アントニオにはお会いになったんですか?

RP:残念ながら一度もありません。私たちが12、3歳の頃に彼は亡くなりましたから。

お二人ともずっとファッションに関する職業に従事したいと考えていたのですか。

RP:勿論!パーソンズに通うまで、具体的な仕事内容は知りませんでしたが、ファッション雑誌を読む中で、ファッションの仕事へ憧れが膨らんだのは確かです。

アントニオとその作品は、現在においても非常に説得力があると思うのですが、彼の作品のどういった要素が、絶えることのない関心の対象になるのでしょう?

RP:良いものに時流は関係ない、と考えています。それは、アンディー・ウォーホル、ロバート・メープルソープ、ジャスパー・ジョーンズ、キース・ヘリングらの作品が常に私たちの心を魅了するのと同じです。それがファッションだからではなく、良い作品であるからこそです。私たちはアントニオの作品に対して同じことを感じています。この再評価というのはただの復活ではなく、アントニオを知らない人にとっての新しい発見だと思います。

多くの若い人々が過去のボヘミアンで芸術的なグループに憧れてニューヨークに移住しています。彼らの多くは、アンディー・ウォーホルや、アントニオ・ロペスが作り出したダウンタウンのグラマーな雰囲気に惹き付けられています。当時のニューヨークは現在よりも活気に満ちた場所であったと思いますか?

MP:ニューヨークは今でも十分魅力的な場所ではありますが、確実に変化しています。ただ、いつの時代にも過去の栄光を誇張する傾向があると思います。もし私が80年代にニューヨークについて聞かれていたら、60年代に生まれたかったと答えていたでしょう。この本を読みながら、アントニオがまだ存命で作品を創り出していたとすれば、彼は今日のファッションを描きがいがあると思っただろうか、と考えてしまいました。なぜなら、彼が全盛期だったころと現在のファッションには明らかな温度差があるからです。それとも彼ならば、今日のファッション界にも夢中になっていたでしょうか。

RP:きっと彼の友人のカール・ラガーフェルドがそうである様に、彼が今生きていたら、きっと旺盛な作品制作を続けていたと思います。彼は常に新しいものに対して興味をもっていましたし、同時に自身をイラストレーションだけに限定しませんでした。彼は写真家であり、芸術家で、デザイナーで、スタイリストだったからです。もし彼が生きていたら、コンピューター・テクノロジーを駆使して、どれだけ素晴らしい創造をしていただろうといつも考えてしまいます。

 

ニューヨークのギャラリー、スザンヌ・ゲイズカンパニーがアントニオ・ロペスを若い世代に紹介する重要性を語る。

どのようにしてアントニオ・ロペスのエキシビションを開催するに至ったのですか。

Suzanne Gaze(以下SG):パジーリャ兄弟が、リゾーリで出版され たアントニオの単行本を紹介してくれたんです。私のギャラリーで彼の回顧展を開催するというアイディアに興奮しました。

現在、アートとファッションの両界において彼の作品のコレクション価値が再評価されている様ですが、このことについてあなたはどう考えていますか?

SG:素晴らしいことです。若い世代に彼の作品を紹介するのは大変意義深いことです。長いこと彼は長いこと忘れ去られていましたから。今起きている異文化交配により、70 ~ 80年代文化の悪しき烙印は消え去ろうとしていますから、アントニオの作品が再び喝采を浴びるでしょう。

建築家ラファエル=ド=カーデナスとのコラボレーションはどのようにして実現したのですか。また、なぜ彼の着眼点とアントニオの作品が結びついたのですか。

SG:ラファエルは友人で、この展示をする事になったとき、一番に彼の審美眼を思い出しました。私たちの共作の過程は、丁度アントニオが活躍していた頃を思い出させるものでした。70年代のパリとカーネギーホールが主なインスピレーション源となりました。

展示を作り上げるにあたって、相当な数の彼の作品をご覧になられたことと思います。彼と彼の作品についてリサーチする中で一番の発見は何でしたか。

SG:実際私は彼のアーカイブに足繁く通い、本当にたくさんの作品に目を通しました。そのなかで、彼の作品が60年代から80年代にかけてどのように変化し、発展したかを見れたのは非常に興味深い作業の一つでした。彼の作品に実際に触れることで、彼がどれほど優れた技術を持った芸術家であったかを再確認しました。

私もアントニオ・ロペスの新刊を通じて、彼が単なるファッションイラストレーターではなかったことを思い知りました。彼には、ただ単に洋服を写し取るという以上の見識と才能があったと思います。彼の作品にはエルテ、エッシャー、トム・オブ・フィンランドなどの影響を見て取る事ができます。彼のアートにおける影響というのはどのようなものだとお考えですか。

SG:彼の作品からは、彼が持つ美を描写する独特の能力と、彼の描く彼と近しい人たちとの関係がいかなるものであったかを、感じることが出来るんです。彼の生み出すドローイングのクオリティは、単なる描写ではなく、彼を取り囲んでいた人々との親密な関係を、豊かな創造力で明示しています。彼はニューヨークであろうがパリであとうが、彼を取り囲む人々にとってのインスピレーションであり、友人であり、師であったのです。ベンジャミン・リューはダウンタウン・ ファッション界の最も情に厚いゴッドファー ザーである。バーニーズから、ヴィジョネア、ユナイテッド・バンブーまで、その多彩な活動で知られている。また、彼はアンディー・ウォーホルの公私に渡る、最後のアシスタントであった。彼のかつてのニューヨークに関する話は、ゴスペルのような響きすら感じさせる。「当時のニューヨーク巡礼者にとって、アントニオ・ロペスやアンディー・ウォーホルに出会うことは、神の恵みのようなものでした。ロペスとファン・ラモス、そしてアシスタントのマシューはウエストユニオンスクエアと16番地の角にあるビルにスタジオを構えていました。偶然にもその場所には、スティーヴン・ガンとジェームス・カリアロドス(セシリア・ディーンと並びヴィジョネアの共同創立者)が住んでいました。ユニオンスクエアを見渡す860ブロードウェイに面したアンディー・ウォーホル・エンタープライズと共に、アントニオ・ロペスのスタジオは、週に一度のファーマーズマーケットと相俟って、何かが始まる期待に満ち溢れたフレンドリーな雰囲気を醸し出していました。」

TEXT AND INTERVIEW BY CAROL LEE
TRANSLATED BY YO FUJII

Images courtesy: ANTONIO LOPEZ Fashion, Art, Sex & Disco by Roger Padilha and Mauricio Padilha

Copyright The Estate of Antonio Lopez and Juan Ramos, Courtesy The Suzanne Geiss Company