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PHILIP GRÖNING INTERVIEW

人類の葛藤を背負う静寂の地、グランド・シャルトルーズの祈り

2005年に世界各地で上映され、あらゆる賞賛を受けた、映画でもドキュメンタリーでもない新しい映像表現形態に挑戦した作品『大いなる沈黙へ』が9年の時を経て、今夏、ここ日本でも公開されることとなった。内容の特異さもさることながら、裏話にも事欠かないこの作品を完成させるために、監督・脚本・撮影・編集をたった一人で成し遂げたフィリップ・グレーニング監督へ、いくつかの問いを投げかけてみた。

『大いなる沈黙へ』は映画なのですか。

PHILIP GRONING(以下P):この時代の一つのオブジェクト、もしくは、彫刻といってもいいかもしれません。敢えて「映画」と呼ぶ必要もないかもしれません。

では「作品」と呼ばせていただきます。

P:それで構いません。そう呼んで下さい。

撮影許可がおりるまでの16年間が話題になっています。なぜ、1984年の撮影申請は却下されたのでしょうか。

P:わたしにはわかりません。それは、修道院サイドにしかわからないことです。この修道院は、これまで誰一人として、部外者の入場を許しませんでした。この修道院はフランスにあるのですが、何人もの著名なフランス人監督が撮影許可を求めましたが、誰一人として撮影を許可されませんでした。私が撮影を許されたのは、本当に奇跡だったんです。

2000年に許可がおりた理由もわからないのですか。

P:いいえ、それはわかります。最初は断られましたが、1986年、南フランスにあるカルトジオ会の小さな修道院を訪ねることを許可されました。そこでわたしは、自分の希望を伝えたのですが、絶対に無理だ、と断られました。しかし、その小さな修道院でわたしは、後にグランド・シャルトルーズの修道院長となられる方と知り合いました。わたしは、長年、その方と連絡を取り続けました。その連絡の内容は、撮影とは全く関係のない、わたしの身の上話がほとんどでした。わたしの映画を観てもらったりもしました。彼が、わたしのことを徐々にわかってくれるようになり、わたしの修道院に対する関心や撮影に対する意志を、修道院長が真摯に受け止めてくれたこと、それが撮影許可にいたる一因になったのではないでしょうか。彼が、グランド・シャルトルーズの修道院長に就任したことも重要な要素です。わたしは、お話したとおり、彼が小さな修道院にいたときからの知り合いでした。このことで、修道院サイドの視野が、新たなメディアに対して大きく開かれました。そして修道院としても、世界中に修道会の存在を知らせることで、カルトジオ会の役割を果たせるのでは、という想いにつながったのでしょう。もし修道院の映像があれば、世界中の人々が、修道院が中世の遺産でないことに気付き、更には、未知の世界を知ることで、人生を豊かにすることが出来るのでは…。そんな考えから、撮影を許可してくれたのでしょう。わたしと修道院長との長年に渡る関係のなかで、わたしの映画、精神的変遷が彼に伝わり、彼はわたしを信頼してくれたのです。信頼を得るには、長い時間が必要だったのです。以上が短い質問に対する、長い回答です。

監督の制作意図と修道院側の意図が合致して、撮影が実現した、と考えてよろしいのでしょうか。

P:はい、とてもよく合っていたと思います。

なぜ、両者ともに、修道士の生活を世に知らしめる必要性を感じたのでしょうか。

P:カルトジオ会修道院の生活は、世間には何も知られていません。布教も、教育も、公開ミサもありません。しかし、修道会は、教会内だけでなく教会の外の世界にたいしても、果たさねばならない役割を担っています。修道院には修道士が必要です。修道院の中で子どもは生まれませんから、修道士になる人々を迎え入れなければなりません。一般の人が修道院の外で教育を受け、食べ物を与えられて成長しなければ、修道院も存続しないのです。ですから修道院は、世界に対して常に義務を持っているのです。もし、修道院の瞑想的な生活が、修道士の宗教的完成だけを目指すのであれば、それは単なるエゴでしかありませんが、現実はそうではありません。

修道院の意図を後押しするために、撮影したのですか。

P:明確にそのような意図を持っていたわけではありません。カルトジオ会については、既に多くの文献があります。文献やカトリック信仰の中で、同会は良くも悪くも神話化されていたのです。しかし、現代では文書以外の様々なメディアがありますから、修道士たちの考えたことと、わたしに出来ることが偶然にも一致したのでしょう。

この作品にいたるまでの15年間、何をしていたのか教えて下さい。

P:『Sommer』(1986),『Stachoviak』(1988),『Die Terroristen』(1992)、『Opfer/Zeugen』(1993),『L´Amour』(2000),短・長編合わせて5本の作品を創りました。

その間、この作品を撮ることにたいするモチベーションは損なわれなかったのですか。

P:ほとんど諦めていました。いつしか私は、もうこの修道院を撮るのは無理だ、と思うようになりました。修道院を訪れていたのは、ただ単に友人である修道院長と他愛もないおしゃべりをするためでした。手紙を書いたりもしていました。そうこうしているうちに、時代の流れとともに、修道院も映像メディアに関心を示し始めたんです。そして、いざ撮影をしよう、誰に撮影してもらおう、という段になって初めて、修道院長がディレクターとしてのわたしの存在を思い出してくれたようです。諦めたからこそ手にすることが出来た撮影許可です(笑)。

タイトルに関してですが、どうして「Schweigen」でなく「Stille」を選んだのですか。

P:ただ単純にそう付けただけです。例えば『Das große Schweigen』(注:Schweigenは「沈黙」の意味。原題に使われているStilleは内的で、崇高なニュアンス。Schweigenは単に会話がないニュアンス、緊迫したニュアンスを持つ)では、作品の有する拡がりがなくなる気がしました。修道院では、思いのほか多くの音が聞こえます。そこには真の沈黙はありません。そうではなくて、内的な静寂を探したんです。「Schweigen」という言葉は、作品の意味を狭めてしまう気がしたのです。

邦題は「静寂」ではなく「沈黙」ですが。

P:それでは、間違いになります。でも、そうした言葉に関する概念というのはいつでも、翻訳するのがとても難しいものですよね。例えば英語のタイトルは『Into Great Silence』です。「静寂の中へ」という、動きを感じさせるタイトルは、非常に美しいです。しかし、完璧に同義に訳すというのは、誰にもできません。それぞれの言語には、それぞれ独自の背景から成り立つ意味がありますから。

オーディエンスの想像力を揮い立たせるために、情報を排除したのですか。

P:そうです。意図的に排除しました。私たちは、非常に多くの情報にあふれた世界で生きています。カルトジオ会の修道院について真髄は誰も知りませんが、修道院がいつできたか、などという情報は、簡単にwebで検索できます。しかし、人は検索出来ない何かを観じることができるのです。映像から修道院の何たるかを経験することもできます。

余計なことを知りたくなるのもオーディエンスの心情ですが。

P:そうですね。でも知る前に、まずは深く触れなくてはなりません。知識や情報ばかり投げかけられると、深く触れることができなくなってしまいます。だから、この作品では、知識や情報は無意味だと思ったんです。

長期間、修道院生活をされたそうですが、何か内的な変化はありましたか。

P:私はほかの修道士と同じ1日の過ごし方をしました。修道士たちの仕事時間には、私は映画の作業をしていました。最も大きく変わったのは、1回につき3、4時間しか続けて眠らず、その後、例えば夜の3時間のミサが来て睡眠が中断されます。そして再び寝る。すると、非常に大きな覚醒と、絶え間ないある種の疲労が奇妙に混じった、特異な精神状態に突入します。極度の意識と覚醒が、中断される睡眠を通して訪れるのです。そしてもう一つ、深く変わったことは、知覚が非常にクリアになったことです。撮影の期間中は、撮影をもう止めたいと思ったこともあります。いつも同じ画面を撮る気はもうない、ただもう撮影したくなくて、その場を立ち去りたい、と。すると突然、ウソみたいに美しいものを見るわけです。それは本当に驚くべきことでした。もうダメだ、と思った瞬間に何かが開くのです」

クリアになった知覚をもとに、演出をされたのですか。

P:いいえ、私は修道士たちに一度も要求はしていません。しかし、修道院では、当然ですがいつも同じことの繰り返しなわけです。当然私は、夜のミサを繰り返し何回も撮りましたし、修道士がいつも同じように自分の小部屋で寝ている…、いや、祈っている姿も撮りました。でも私は修道士たちに「ちょっと窓に近づいてみて」といった演出は、決してしませんでした。

同じシーンは一度しか撮らなかった、と別のインタビューでお応えになっていますが、その真意を教えていただけますか。

P:映像編集のためには、同じ出来事を様々な構図で撮映することが必要になります。通常の撮影ならば、カメラマン一人でそのようなことをするのは、非常に困難です。しかし、修道院での撮影の大きな長所は、日常のすべてが繰り返されることでした。つまり私は、何らかのシーンを一度撮って、また同じ対象を別の角度から再度撮影することができました。ドイツ語のプレスブックがないので、どのような質問にそう応えたのかが定かではありませんので、明確には応えられませんが、このような意図を基にしたコメントだと思います。

そんな長期間の撮影を通じて、何を観じたのですか。

P:修道士たちは沈黙を通して神へ近づくことを試みています。修道士たちは物質的なモノに対する執着から離れている、または解放されています。彼らにとって金銭の意味はありませんが、身の回りにある物に関しては恐ろしく高い敬意を表します。修道士たちの修道服が継ぎ当てだらけでしたが、それはモノに対する敬意の現れです。彼らにとって、モノがそこにあるということは、神がそこにいることなのです。つまり、すべてのモノには、天地創造から今に至るまでの歴史があるのです。それぞれの物体を通して、すべての時代、そして神を観るのです。

執着を捨てることができましたか。

P:それは無理でした。物質的なしがらみから、完全に解放されるというのは無理ですね。修道士たちも、生きるためには何らかの物質的要素が必要なわけです。わたしに関しましては、この経験以前に重要ではなかったことは、撮影後も重要にはなりませんでした。しかし、何でも事前に計画しなくてはならない習性からは解放されました。修道院生活を経て、すべてを計画する、という考えは、大して重要でない気がしたんです。加えて、物質的なしがらみよりも重要な、現代社会が有する欠点に気付きました。私たちの社会というのは、「自分の人生をプランニングして、その通りにコトを進め、その結果幸せになる」という妄想にとらわれているのではないかと思います。人生が自分の思い通りに進む、そういう過剰な要求を絶えず満たそうという考えそのものが、「過剰」なのです。計画しなければならない、その計画は実現されなくてはならない、その結果は満足ゆくものでなくてはならない、そういう3つの行程が、新たな物質主義なのではないかと考えています。修道士はそういう考えから完全に解放されています。すべてがよくなると信じているからですね。私もそうです。

この作品には、あなたの「時間」に対する意識が、いたるところで表現されていた気がするのですが、先ほど言及された、「神」、「時間」に対する見解を教えて下さい。珍妙な質問で申し訳ありません。

P:それは誰にとっても「謎」ですね。時間、神、そして死。この3つは、大いなる、抽象的で空虚な概念でしょう。普段私たちはその言葉を、自分が考える定義で使っていますが、本当は何かを知りません。ハイデガーがどこかに書いていましたが、哲学者にとって、神と時間は同じだ、と。哲学的に見ると、「時間」はこの世に生まれたものです。もしこの世界が神の創造として発展しているのだとしたら、「時間」というのは、「神」ですね。つまり、時間というのは神の命そのものというわけです。カトリックの神学者たちはそれに反論するでしょう。シャルトルーズの修道士は、「ふむ、そうかもね…」というかもしれません。

オーディエンスが、空虚な概念を考える際のヒントになるような作品を、これからも創り続けて下さい。

P:私はちょうど新しい映画を撮ったところです。時間がテーマの作品です。この『大いなる沈黙へ』でも、時間がテーマでした。時間というのは、私たちにもたらされた謎のようなものでしょうね。時間は、今ここにしかないわけです。人類は、たぶん3万年前から時間について考えてきました。私も時間についてずっと考えていますが、たぶんあと10年経ってもその答えは見つからないでしょう。あなたは先ほど、変な質問ですいません、といいました。このインタビューの前半に、情報に関する質問をしましたよね。人にとって幸せなのは、答えではなくて質問をすることなのです。答えはいつも、掌の中で砕け散ってしまいますから。

TEXT AND INTERVIEW BY KENTARO KAWAGUCHI
PHOTOGRAPHED BY MICHINORI SAIGO
TRANSLATED BY YUKI KUBOTA