DUNE libartane

MIN-JEONG SEO INTERVIEW

二項対立しているものを同時に見せて、境界線を曖昧に

以前、日本の大学に通われていたのですね?

MIN-JEONG SEO(以下M):はい。韓国で弘益大学卒業後、日本で多摩美術大学大学院に通いました。銅版による版画が専攻でした。腐食して、傷をつくって、中にインクを詰めて、圧をかけて紙に刷りとるという具合ですね。

今やられている表現は版画とは大きく異なるものですが、なぜでしょうか?

M:意識的なものです。10年間版画をずっとやっていました。けれど、版画というものは10年もやっていると、あくまで私の場合ですが、いつの間にか頭ではなく手が勝手に作品を作るようになっていたんです。テクニックが重要な手法ですので。そして、版画という手法の限界を感じたのです。私の伝えたいことが100%収まりきらなかった。10年経つまでは自分の力量のせいだと考えていましたが、それは越えられない壁なのだと感じました。

で、爆発したと(笑)。

M:版画をやっている時も常にほのぼのしたものではありませんでしたけどね(笑)。その頃の作品を知っている人が今の作品を見ると、全然違うという感じはしないと言いますね。何かを力強く出したい、というのは手法が変わっても変わらないようです。

今手掛けられているようなインスタレーションが、あなたに最も適している理由は何だと思いますか。

M:ダイレクトに表現できることです。テクニックと格闘することなく、そのままストレートに出せるので。

今回も使われているマテリアルは発泡スチロールです。

M:発泡スチロールを選んでいるのには様々な理由がありますが、軽いこと、手に入れやすいこと、見た目にボリュームがあること、そして壊した時のプツプツッとした感じが「全くその通り!」ということ。それをそのまま利用して、壊れたものを再現するのではなく、壊してそのままを見せるのに適していたんです。

今回の全体のテーマが〝insitu=その場所で〞となっていますが、実際にあなたの作品を体感することで、観客にどのようなことを感じたり考えたりして欲しいですか?

M:単に〝公開制作ということなので、普段見られない制作の過程を見る〞といったことではありません。制作の日々を重ねていくのだから、それは、一日一日で全然違うものに変わっていくじゃないですか。なので、皆さんが普段思う〝完成図〞、想定通りに綺麗に出来上がっていることが完成、という時間の捉え方とは全く違った時間性を経験していただけたらと思います。この前質問されて面白かったのですが、今どの作業をしているんですか、という問いに、作って壊しています、と答えました(笑)。でも正にそれが〝過程〞なんですよ!終わって何かを壊すのではなく、壊すこと自体が過程なのであって。私の作品のテーマである爆発という、刹那の瞬間をそのまま固めて、見る人がその中を歩きながら、時間の破片、というか、飛んでいる破片を実際に目で見つめる。そこにあるのは、普段私たちが捉えているものとは二項対立を成す、異なる時間性です。刹那の時間というのは、決して私たちが経験することは出来ません。本当に短いその時間を、膨大に、拡大していく。今公開制作に足を運んでくれた方が見るその瞬間も、無くなっていく爆発を私が固めたその時間と同じなのです。だから、そういったことを考えながら見ていただけたらと思います。いつもは、展示をしている会場で既に出来上がった、時間の動かない、結果だけがぽんっ、と置いてあるのを見つめるんだけど、今回の展覧会で行われていることは、本当にこう、流れているんですよね。だから、見る人はその合間に入ってきて、時間の断面を見ていることになります。その時間が本当に大切だと思います。

ご自身がキーワードとして度々用いられている〝刹那〞に関してですが、止めどなく流れる時の一部を表す最も小さな単位ですね。そこにフォーカスする意図は何なのでしょうか。つまり、あなたが作品を通して伝えたいことはなんなのでしょうか。

M:この作品に限らず、様々なメディアやテーマで多種多様な作品を作ってきました。それらのベースとなる基本のコンセプトというのは同じで、先程も申し上げた〝二項対立〞というキーワードです。私たちは、いつでも二分法的に考えるように教えられたという感覚があります。それは結論にたどり着く速度を齎します。xではないからoだ、というように。しかしそれでは、本当のことが見えなくなってくる。一体その間にあるものは何なの?という問いが生じます。そう私は思うからこそ、わざと二項対立しているものを同時に見せて、境界線を曖昧にしてしまうのです。時間に関して言えば、刹那というのは本当に短い時間ですよね。それを拡張し、その中を歩いているうちに、教えこまれた物理的な時間は吹っ飛んでしまいます。刹那をすごく永く感じることができる。でも、本当はそうなんです。どの空間にいるかによって、その物理的な時間はどうでもよくなってくる。〝生〞と〝死〞に代表される2つに分けられた事柄を同時に、どっちがどっちか分からなくなってしまった状態で見せると、みんな困惑してしますんです。そうした経験によって、考え方が循環するように、どちらにも偏らないようにするのが私のコンセプトです。

INTERVIEW BY SOUSHI MATSUKURA
PORTRAIT BY KAZUMI ASAMURA HAYASHI