DUNE libartane

MATTHEW RONAY INTERVIEW

地球上の生きとし生けるものへ

マシュー・ロネイはバスウッドと呼ばれる、北米でよく知られている中型〜大型の樹木を使って奇跡を起こす。まるで魔術師のように、ありふれたこの素材を柔らかく繊細で風変わりな、この世のものとは思えないようなものへと変えてしまう。それは木にはありえないような色で飾られ、華麗で透き通っており、催眠的だ。現在41歳のロネイは、何年もかけて木工技術を達人の域にまで磨き上げてきた。彼はロングアイランドシティにあるスタジオの外に、一人で全行程を作業する工房を構えている。あらゆる電動工具を自分一人で扱い、援助なしに木の彫刻や取り扱いを行い、作品の写真撮影も自ら手がけ、さらには作品を発送する際に使う梱包箱も自ら制作しカスタマイズしている。彼が作品作りに手を動かすことをどれほど楽しんでいるかを考えれば、自分の本能と無意識が作品の本質を決定するような境地にロネイが安息の場を見いだしたことにも納得がいく。なぜなら、無と同然の状態から美を生み出す彼の技量は、その出発点となる落書きのようなデッサンと同じほどに神秘的であるからだ。ロネイは現在、来年3月にパリのエマニュエル・ペロタン美術館で開かれる展覧会の準備にかかっているほか、ニューヨーク大学の大学院の授業でアートブックの鑑賞と分析を行っている。晩夏の夜、私たちはスタジオで次のような会話を交わした。

あなたの絵は白黒ですが、スケッチを描いている段階でもう色を思い浮かべているのでしょうか、それとも後から考えているのでしょうか?

MATTHEW RONAY(以下、M):描くと同時に決めることもありますが、色については妻と協力してやっています。今のやり方は、朝食のときに一緒に、作品の雰囲気について意見を交わすというものです。雰囲気というのは、場合によっては心に訴えかけるものであり、時には空気感というべきであり、熱帯のようであるか、湿っているか、傷ついているか、内部にあるとか、内蔵のようだとか…それぞれで意味合いが変わってきます。私はそのような感覚を感じ取れるのですが、その感覚を私が望む色に変換するのは難しいことです。妻はいわば義手のようなものですね。私の脳が動くように言うと、妻は自分に備わった色を扱う才能によって色選びを手伝ってくれます。

驚きました。色相や明度など、あらゆるものの組み合わせがどれも素晴らしいので、考え抜いて注意を払った上で色を選んでいたんだろうなと思っていました。

M:今こうやって話したことで気づいたのは、色盲であるからこそ、私は奇妙な組み合わせを求めるのだということです。なので、正常な色覚の人とともに仕事をすることで、その奇妙さが少し和らげられます。私はターコイズと紫色の組み合わせが作り出すおかしみが好きなんです。当然妻が見事なターコイズと紫色を作る手助けをしてくれるわけですが…。

どうやって木材の扱いにこれほど習熟したのでしょう?若い頃に始 めたのでしょうか?

M:私が作品を発表し始めた頃は、作品の多くを成型板であるMDFで作っていました。私は金型作りにたいへんな抵抗があったのだと思います。私の大学時代、また大学院時代にも、多くの人が金型を使って作品を作っていました。私はいつも金型製作に及び腰でした。実際の作品を作るための物ではなく、実際の作品を作りたかったのです。さらに私はたくさん描くので、スピードが重要になる場面もあります。クリエイティブな欲求を早く形 にしないと、私は行き詰まってしまうのです。

興味深いですね。他の方も木について同じことが言えるのではないでしょうか。すぐに満足を得たい、結果をリアルタイムで見たいのであれば、必ずしも木材を選ぶ必要はありません。なぜなら木材はあまりに硬くて容赦がないのですから。

M:うーん、どうでしょうね。私がティーンエージャーの頃、高校で作った最初期の作品は…私はジョセフ・コーネルの大ファンで、私の初期の作品はほとんどが箱形をしていました。私はいつでも求める物を作るのにテーブルソーと木材を使っていましたが、それは私の身近には常に木材があって、求める役割を木材に果たさせるにはどうすればいいかを理解していたからです。さらに私は幼い時、ある彫刻家に弟子入りしていました。昔ながらの大理石彫刻家です。彼は私が育ったケンタッキー州ルイビルにいたのですが、作りたい作品のひな形を作る時、彼は合板を接着剤でつなぎ合わせ、様々な研磨機器で形を作っていました。なので私は幼い頃から、ものづくりの方法とは接着剤でつないだ塊を削ることだと心得ていて、今でもそのやり方でやっています。この4〜5年間私はバスウッドを扱っていましたが、今では自分の思いのままに素材を扱えていると感じています。

本当に見事です。木材をあれほど…

M:柔らかくできるのが?

確かにどの作品もそうです。でも私が言いたいのは…あなたの作品の色について私が感じることと同じことなんです。とても生き生きして、まるで息をしているような印象です。

M:私は地球について学びたいと心から思っています。地球は私にとって、大きなインスピレーションの源泉の一つです。体のしくみと自然界で起こることは、お互いに似通っています。臓器が体内に収まっている様子を考えてみてください。人体の中には空いた空間はなく、臓器は互いに密集しています。柵の周辺に生える木や、何かの脇から生えるキノコ、地層のでき方を見ても、人工物でないものはどれも何か別の物が下地にあってできるのです。そして、彫刻にも同じような性質があります。私の作品作りはひとつの塊から始まって、そこから複数のものを削り出していくのですが、そうする理由は、個々のものがもともと一つのものから発生したということを感じ取れるからです。木を柔らかく見せる秘訣とはそれではないかと思います。

あなたは2007年頃に活動を休止しました。そして満を持して作品発表を再開したとき、あなたの作品スタイルの変化は大きな波紋を呼びました。そのことについてお話ししてはいただけませんか?

M:私がMDFを使った作品制作を始めた当初、私の人生は若者の段階にあり、若者の思考の枠の中で生きていました。今よりも直接的に作品をセックスに結びつけていたので、作品で表すのは男根ではなくチンポでした。私の心が露骨な状態にあったので、作品も露骨でなければならなかったのです。何というか、私には理解しがたいものであって、年を重ねても同じ問題を考え続けていますが、今はその方向が変わったように感じます。関心は常にセックスではなく繁殖にあったのだ、ではオルガズムの際に細胞レベルでは何が起こるのだろうか、と。

肉体的というよりも科学的、生物学的な方向でしょうか?

M:何というか、情熱がいかに生命に転換されるのかという意味では、スピリチュアルといった方がいいかもしれません。私の作品の変化は私の人生の変化だと思います。オナラだのウンコだのといった冗談は大好きなのですが、そればっかりを作りたいわけじゃない。ウンコもションベンもイクのも大好きで、セックスは楽しくセクシーで情熱的だと今でも思っていて、考え方が昔と変わらない部分も数多くありますが、同時に、以前よりもきめ細かく、微妙なニュアンスを汲んだ上で見るようになったものもあります。ものづくりに多大な時間を費やす人間として、私が手がけている作品に求めているものは冗談だけでなく、世界の謎を解き明かす手がかりなのです。

あるいはあなた自身や、あなたの持つ奇妙な強迫観念だとか… もっと大きなもの。

M:そう、その通りです。だから私はすぱっと活動休止した。それほどリスキーなこととは考えていなかったのですが、芸術で稼いでいる人間にとってはけして簡単なことでなく…本当にファンキーな時間でした。私の最も初期の作品は、膨大な数のイメージに関するものでした。財布、ブーツ、形状、体の一部、電話、ボトル、カップ、世界中にある何もかも-私がホットドッグとハンバーガーについての作品を作りたかったというだけではありません。私は繰り返すことが嫌でした。でも、私がスタイルを変化させた時に起きたことの1つは、私が馴染もうと思っていたことばは自分の中にあったという気づきです。それはカップでも測定テープでも、食品でも衣服でもありません。それは私個人のことばであり、この個人的なことばを探求していくのであれば、繰り返すことに慣れる必要があったのです。

あなたがご自分の進化を言語学的な言葉で語るのを聞くのはすばらしいです。お話を聞いている内に、あるスタンドアップコメディアンのことを思い出しました。その人は駆け出しの頃には汚い言葉を多用していたのですが、あるときからそのような言葉を使わないようになりました。駆け出しの頃と変わらず汚い言葉が大好きなのですが、それを頼みの綱にはしていないんです。

M:後知恵で考えればすぐわかるのですが、当時は、自分をどう満たしていくか、ものを作る人間であり続けるにはどうしたらいいかで悩んでいた危機的状況にありました。私はこの経験から多くを学びたいですね。ただの仕事ではありません。私はものづくりの過程を、自分の存在そのもの、そして他者と交流する方法だと考えています。

TEXT AND INTERVIEW BY CAROL LEE
PORTRAIT BY KATIE LEVINE