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KUNLE F. MARTINS Jr. INTERVIEW

シーンで存在感を放ち続ける、NYダウンタウンの最重要人物。

90年後半~2001年のニューヨーク市長であったジュリアーニに忌み嫌われ、大人達を震え上がらせた悪名高きニューヨークのグラフィティクルー“IRAK”。KUNLE F. MARTINS Jr.は、洗練されたタグと強烈な夜遊びで知られる“IRAK”の創設メンバーであり、FANTAやSACE等個性溢れるメンバーを束ねるクルーの中心的存在である。IRAKの設立当時の話や、最近のニューヨークのシーン、そして彼の最近のプロジェクトであるドローイングについて語ってもらった。

グラフィティはいつ、どう始めたのですか?

Kunle F. Martins Jr.(以下KM):1994年の高校生の時です、クラスメイトがやっていて、真似して初めました。

どこで育ったのですか?

KM:マンハッタンのダウンタウンで生まれて、その後はアッパーイーストサイドやブロンクスなど色々な場所を転々としていました。

IRAKのメンバーはどんな形で出会ってクルーが出来たのですか?

KM:17歳の時に自立したいと思って、家出しました。最初にREHABに会って、万引きして稼いでいたんです。色んな物を売ってちょっとでも金を作れる様に。その後ダッシュや、他のダウンタウンの友人達に出会ったんです。そこから自分のクルーを作ったのです。

メンバーは誰が入っていたのですか?

KM:最初は一人でやっていたんです。その後色々なライターとストリートで出会ってつるむようになって、結局残った最初のメンバーでIRAKを結成しました。その時のメンバーはREHAB、SACE、ブルックリンのWAKとSETUPです。家出をした時だったので、1997年の事です。

グラフィティを始める際に何故クルーを作ろうと思ったのですか?

KM:ニューヨークには昔から色んなグループやギャングがあります。ギャングはテリトリーにタグするためにやっていました。グラフィティクルーはギャングから産まれた物ではないけれど、地元のクルーに入ったり、スキルが無いとクルーに入れてもらえなかったり、それぞれクルーに入る条件がありました。例えば、あるクルーは電車を中心にボムしたり、また違うクルーはミューラルに優れていたり、自分たちの始める前からこんな感じでした。俺が始めた時には、名声のあるライター達は自分のクルーの代表として他の名 前の知られているクルーと抗争していました。XTC対ローワーイーストサイドのWONや、クイーンズのMTA対ブロンクスのKGBなどを耳にしていて、色々な噂が凄かったです。当時は雑誌がちょっとあったぐらいで、インターネットも無かった時代だから、ストリートで話を聞いて情報を得ていた時代でした。その頃は自分も若かったので、ストリートで聞く話にいつも注意を払っていました。当時は一人で行動するライターはあまりいなかったし、俺は人が好きだから、クルーのアイデンティティが好きでした。

IRAKはどんなクルーなのですか?

KM:万引きしながら生き抜いていましたね、ほとんどラッキングです。ラッキングするグラフィティクルーですよ。始めた頃の話ですけど。

ちょっと前からあなたは友人達のイラストを描いていますね、今後アーティストとして活動しようと思っているのですか?

KM:最初は友達のイラストではなく、格好良くて、オシャレなおじさんを見つけて絵を描いていました。ディテールを細かく描くのが好きだったのです。街で写真を撮ったり、ネットからの画像を元に描いてみたり、色々違う事にチャレンジしてみました。ファッションイラストは誰かがやっているのを聞いてすぐに飽きてしまいましたけど。その後友達のイラストを描く様になりました。自分のタイプの知らないおじさんの絵とかには誰も興味を持たなかったし、知っている人のイラストの方が見てもらえますから。その後、自分の周りのアーティスト等を描き始めたら、人がもっと興味深く見るようになり、その方向性で描く様になったんです。

ストリート以外での展覧会についてどう思いますか?

KM:17歳の時に家を出てから、ギャラリーで絵や作品を出し続けてきました。でも自分はアートショーの為に描いている訳ではなくて、人生を楽しむ為にやっているんです。周りにいるアートシーンの人が話を持ってきてくれるんだけど、あまりアート作品を創る事に興味はないです。自分の考える物作りのゴールは実用的で尚かつエンターテイメント性が高くオリジナルな物を産み出していく事ですね。大きなテディベアが水槽に入って意味ありげにギャラリーで展示されているよりも、テディベアの形をしたダムやフィルターの方がよっぽど実用的だし、自分はそんな物を作りたいです。

最近はイラスト以外には、どんな活動をしているのですか?

KM:ALIFEのデザインディレクターです。ショップスタッフとして2000年~2005年まで働いていて、その終わり頃に自分の洋服を作るようになりました。その後ショップスタッフをやめ、Tシャツを作るのに専念しました。経済が悪くなり、ALIFE自体がちょっと良くなかった時もあって、その後友達のTREISと組んでALIFEをまた復活させたんです。今彼とはブランドをやっていて、俺はクリエィティブの担当で彼はビジネスの担当です。

最近のニューヨークはどうですか?

KM:ニューヨークは皆に新しい物や方向性を見せる役割を持っている、でも最近はそうではないんです。アメリカ国内でも他の州では、みんな自信を持ってニューヨークみたいな姿勢で頑張っている。でも今のニューヨークは考え中で、はっきりとした方向性が無いんです。

今面白くてオリジナリティーのある事をしている人はいますか?

KM:今はいないですね、最近の若い人たちは面白くないです。最近まではいつも新しいクルーとかが出てきていたのに、IRAKの後に出てきたクルーはクイーンズのSMARTクルー以外はいないですね。以前のニューヨークのシーンはクルー同士の抗争や噂話とか、そういった物はストリートに存在するものでした。でも今はネットの中の情報ばかりで、クルーに所属しないで一人で行動する人が増えたんです。今の若い人達はストリートに出て、人と出会ってコミュニケーションする事がなくなった。世の中はどんどん変わっていくし、今の若い人たちには違うやり方があるから、昔の見方で決めつけるのはやめた方が良いので、今はちょっと様子を見ているんです。ただ自分にとってはあまり良いイメージ ではないんですけど。

いつ位からですか?

KM:最近の5年ぐらいです。この5年間で18歳位になったジェネレーションです。彼らの得ている情報は、皆何もかもネットから得た物ですよ。

日本のグラフィティはどうですか?

KM:都会しか見てないからあまり言えないけど、好きですよ。特に都会が持つ街のエネ ルギーが好きです。今度日本に行った時は、勿論渋谷とかも好きだし行くと思いますけど、田舎の方とか行ってみたいです。

あなたにとってグラフィティとは何ですか?

KM:タグを描く事、良いスポットにフィルインする事など何でも可能です。ストリートアートでも色々なフォームがあります。でも、ペンタグとスプレーでタグするのが好きです、それが自分にとってのグラフィティです。

INTERVIEW BY KAZUMI ASAMURA HAYASHI
PORTRAIT BY CHRISTOPHER SACHS
TRANSLATED BY RIBO