DUNE libartane

KIM JONES & JUDY BLAME INTERVIEW

時代を超越した新しいクリエーション

ルイ・ヴィトンのメンズアーティスティック・ディレクター、キム・ジョーンズ。ルイ・ヴィトンの普遍のテーマである〝トラベル〞、その案内人であるキム・ジョーンズはいつでも私たちを時間や空間を超えた旅行に誘ってくれる。今回キムが選んだのは、クリストファー・ネメスとの旅だった。惜しまれながら2010年にこの世を去ったネメス。その代表的なモチーフとなった”ロープ柄”をふんだんにあしらったアイテムの数々は、日本をはじめ世界のファッションを熟知した人々にはもちろん、ネメスを知らない若い世代をも魅了した。「根源までさかのぼるリサーチが必要」と語るキム。再解釈を具現化するために今回のコレクションで声をかけたのは、スタイリストでアクセサリーデザイナーのジュディ・ブレイムだった。ジュディは、ネメスがまだ拠点を日本に置く以前に、ロンドンの伝説的ストアThe House of Beauty and Cultureにて時を過ごした戦友である。コレクションの音楽を担当したのは、SOUL SOUL Ⅱのネリー・フーパー。そして今もなおネメスのレガシーに新たな息吹を吹き込み続ける、ネメスの愛すべき家族たち。彼らの協力なしでは成し得なかった、愛情の詰まったコレクションとなった。インタビューのためホテルの一室にやってきた二人。キムはラフながらスパイスの利いた古着のアロハシャツを纏っている。ジュディは黒のボンテージパンツを履き、その姿には英国紳士のスーツの着こなしをも連想させる程よい緊張感があった。2人に94年発行のDUNEにて特集されたロンドンのアーティスト特集を見せた。そこには現在活躍する数多のアーティストのインタビュー記事が載っている。ヴォルフガング・ティルマンス、ステファン・ジョーンズ、ヨーガン・テラーなど当時のロンドンのクリエーターたちのインタビュー。二人は興味深く雑誌を手に取り、そこに載っているアーティストについて話し始めた。その中には当時のジュディのインタビューもある。一過性の流行は、人の心にも手元にも残らない。キムが私たちに見せてくれたこのコレクションは、きっと時代やカルチャーの枠を越えて息づいていくだろう。

ジュディは1994年に、キムにはファーストコレクションの際にインタビューを受けていただきました。この度は、時代を越えてお二人にお話を伺う機会に恵まれたことに感謝致します。最初に今回のコレクションのテーマについて教えて下さい。

Kim Jones(以 降 、K):幼い頃からロンドンの地下鉄やストリートのカルチャー、ジュディも一員だったThe House of Beauty and Cultureに憧れていた。自分が大人になる前のクールなロンドンにね。今回のコレクションはクリストファー・ネメスへのオマージュをテーマに掲げている。彼のクリエーションからは本当に多くのインスピレーションを受けているし、生地の扱い方にも興味があったから。そしてジュディも自分もネメス、さらにはレジェンダリーなネメスの家族に尊敬の意を表したかった。モダンな形であの当時の雰囲気を出したかった。

クリストファー・ネメスの作品とあなたのルイ・ヴィトンに共通点があるか教えて下さい。

K:ロンドンをテーマにコレクションを作りたかった。ネメスはインスピレーションを与えてくれた自分にとってのヒーローなんだ。彼のデザインは〝ダミエ・モチーフやモノグラム・モチーフ〞によくフィットするので、ルイ・ヴィトンとはシナジー効果を生み、お互いを高め合うことができる。自分にとっては当然で自然な帰結で、非常に仕事がしやすかった。

ネメスが活躍していた時代、あなたはティーンだったと思うけれど、特に印象に残っていることはありますか?

K:彼が様々な生地、セカンドハンドの生地など取り入れて上手くミックスすること。ネメスはキャンバーウェル・カレッジ・オブ・アーツを出ていてアナトミー(人体)のスケッチをよくしていた。人間のフォルムにフォーカスを当てて、服をデザインしていたことは興味深い。彼の他には誰も真似出来なかったアプローチをしていたんだ。

ジュディはその時代、ネメスとはThe House of Beauty and Cultureというお店でコラボレートしていましたよね? その当時のお話を聞かせていただけますか?

Judy Blame(以降、J):フォトグラファーのマーク・ルボンという共通の友達がいたんだ。彼がネメスを見つけてね。マークがネメスや僕の写真を撮るにつれ交流が深まり、ネメスがデザインした服を持って家にきたんだ。その全ての服がすばらしくて、その場で全部買ったよ。自分はリサイクルや見つけた物で、オーガニックなアクセサリーを作っていたんだ。ネメスの服はそのアクセサリーたちとしっくりくるデザインばかりだった。自分はファッションのバックグラウンド、ネメスはアートのバックグラウンド、それらが上手くミックスできて、その後は物事がどんどん自然に進んでいったんだ。

それはいつ頃ですか?

J:1984年か1985年ごろかな?この頃はロンドンのファッション業界は今とは違ったんだ。みんなが協力し合っていた。The House of Beauty and Cultureではネメスが服を、自分はアクセサリーを、ジョン・ムーアが靴を、リチャード・トーリーがニットをといった具合で、お互いをインスパイアし合っていた。それはファッションにとって肥沃な土壌だった。ボディマップやガリアーノ、ジョン・ブラッドなどみんなよく会話していた。ロンドンの街が一つのチームだった。今はそれぞれがコラボレートとするよりも、競争するようになっているね。

K:でも他の街と比べれば、ロンドンはデザイナー同士がフレンドリーだと思う。ファッション業界の人たちはコラボレートはしなくても、お互いを助け合っている。そういう街だからね。

今回はテーマにネメスを取り上げ、音楽はネリー・フーパーが担当しています。ファッションを通じて世代を越えたコラボレーションがどのようにこのコレクションに作用したと思いますか?

K:オーセンティックにしたかったんだ。マークにフィルムを頼んだり、ネメスは服、ネリーは音楽、それぞれ関係していて上手く交互し合った。ジュディはネリーのアルバムをデザインしたことがあって、そのときはネリーがネメスの服を着ていた。その時代を映し出したかったんだ。

J:キムに頼まれてこのコレクションを手伝ったんだけれど、チームワークがとても良かったことが気に入ったね。彼はその時代にネメスと関わったオリジナルの人たちとも会話をし、その時代を深くリサーチすることで深く理解していた。

K:リサーチする時は、必ずその根源まで戻るんだ。そうすることでちゃんと理解ができるからね。
キムが沢山ネメスの服を持っているのは聞いたことがあります。

K:沢山持っているよ(笑)。

J:80年代のみんなが協力し合っていた時代に戻った気分になって、とてもナイスだった。キムが監督としてチームをまとめ、コレクションを作り上げたのは素晴らしいことだと思う。

K:チームで仕事をするのが好きなんだ。いまも素晴らしいチームがある。そこに新しい人が入り、インスパイアを与えてくれたりする。

J:80年代がモダナイズした形だったね。僕は過去に素晴らしい経験を沢山してきたけれど、決して過去に留まりたくないんだ。ノスタルジックな人間じゃないからね。今日か明日のことを考えていたい。キムは僕をリフレッシュさせてくれたよ。

K:ネメスを新しいジェネレーションに紹介するのは重要なことだと思っていた。彼は日本ではよく知られているけれど、他の国ではあまり知られていなかった。今回のコレクションを通じて、多くの人がネメスの作品、そして彼のことを知ろうとしているのはいいと思う。セイント・マーティンズの大学院で教えている生徒たちはインターネットだけじゃなく、実際に物を見てリサーチをしてくれるから面白いよ。

ジュディがハンドメイド・アクセサリーをつくるにあたり、キムから直接的にリクエストなどはありましたか?

K:一つだけね。大きなステートメントを持つ小さなアクセサリーをお願いした。

J:パリで何回かミーティングをしたよね。その時に自分が好きな小さなアクセサリーを持っていったら、キムもそれを気に入ってくれた。服を待っていたから、アイディアは固まっていなかったんだが、最後の最後に全てが繋がった。

前回キムにインタビューをさせて頂いたときは、スタイリストのアリスター・マッキーが同席していました。今回はジュディと一緒に来日をしていて、とてもチームを大切にしているのだと感じています。まるでジュディの言う〝80年代のロンドン〞を再現しているかのようです。

K:アリスターはスタイリングというパートだけをやってもらっていたんだ。ジュディはアクセサリーに限らず、生地選びを手伝ってもらったり、その他の色々なフィードバックをもらったりして、全体的に関与してもらったんだ。チームで働くのは好きだよ。コレクションをつくり始めるとき、最終的な落としどころは最初に既に分かっている。でも、そこにたどり着くまでのプロセスはいつも違う。様々な人が購入するルイ・ヴィトンのコレクションをつくるとき、色々な人が関わりアイディアを交わし、フィードバックを得ることは大切だと思っている。それは現代のデザイナーに欠かせないパッションだと思う。

今のロンドンで興味を持っているファッション、アート、音楽などのシーンはありますか?

K:ファッションではクレッグ・グリーンがすごいと思うよ。スタイルも確立してきて本人も良い人だし、将来が楽しみなデザイナー。彼はクールにしようとか、誰かの真似をしたりせず、自分が好きなことを追求している。自分にとってはそういう人に興味がわく。あとはタイローン・レボン。マーク・レボン(写真家)の息子も同じように、自分の好きなデザインをエンジョイしながら作っている。

J:英国はテーラーの歴史も深く、いまのメンズのコレクションはホットだよ。キムのおかげでもあるね。

ジュディは「2000年になる前にロンドンでなにか大きな才能、アイディアが爆発するはずだ」と言っていましたが、2015年になった今、それは何だったでしょうか?

J:それはフィリップ・トレーシーと一緒に東京でインタビューを受けた時に言ったことだったかな?ビョークやマッシブ・アタック、メン・アンド・チェリー、ボーイ・ジョージとかかな。僕はもう老人だから色々なジェネレーションを見てきてるなあ(笑)。

音楽のことについて聞きたいんですが、ネリー・フーパーと仕事したことについて教えて下さい。

K:コレクションでは雰囲気を作り出したいし、見に来ている人たちもショーを見続けて飽きてきているだろうから出来るだけ楽しめるようにと、ネリーが自分の代表作品とネメスやジュディが関わった音楽などをリミックスしてくれたんだ。

J:音楽について、80年代と現代とでは似ているところがある。80年代のロンドンではじめてマッシブ・アタックが英国サウンドと米国サウンドをミックスしたり、黒人の音楽と白人の音楽を掛け合わせたりしていた。現代のロンドンは様々な人種のるつぼで、それぞれを上手くミックスし合い、新しい表現を作り出している。

最後の質問です。お二人とも東京が好きだと思うのですが、いまのホットな東京はどんなとこですか?

K:沢山ありすぎて一言では言えないけれど、ビンテージ・クローズを買うには最高の場所だね。原宿のBerBerJinはよく行く。新しいことが起こりつづけているので飽きない街。

J:日本人は常に寛大で心が広く、自分のクリエーションをサポートしてくれている。ネメスがもう居ないのはとても辛いけれど、彼の奥さんや娘さんには常に会い、ネメスと今でも繋がっている。1983年くらいからずっと東京に来ている。

K:コレクションを発表してからネメスの服も人気が出てきて、どこで手にはいるのか?と自分がよくいくお店でも問い合わせが増えたそうだよ。ネメスの作品を多くの人に知ってもらうのは重要なことで、興味を持ってくれる人が増えたのはとてもうれしいね。

TEXT AND INTERVIEW BY KAZUMI ASAMURA HAYASHI
PORTRAIT BY CHIKASHI SUZUKI
TRANSLATED BY TOMOKO OKAMOTO