DUNE libartane

FACE INTERVIEW

漆黒と金に覆い隠される、はるか路上からの啓示

FACEは我々が抱くイタリア人のイメージに違わず、陽気で気さくだ。しかし、あくまでそれは表層的な一面に過ぎない。スケートボードとグラフィティという世界言語を携えて90年代初めに世界中を旅した彼は、各地で現場を主戦場とする者たちとコンタクトしてきた。同時期に彼はイタリアのグラフィティ創成期に暗躍した一人として、その悪名を轟かせる。この度紙面にて紹介したのは、今日に至るまでにアーティストとして生み出してきた、聖人を冒涜し、宗教を揶揄するかのような作品群。その挑発的な表現の裏には、経験によって悟ったのであろう真理が隠されている。渇いた寓話は、造詣の深い彼なりの計算されたジョークかもしれない。NikeやFUCT、最近ではASAP ROCKYまで、彼の仕事にはメジャーなものも多い。だが我々は、彼を知らない。彼から送られてきたメールには「不良は多くを喋らない」と入ってきた。イタリア人らしく沈黙の掟に則っている本物の、短くも貴重なインタビューである。

どのように育ったのですか?

FACE(以下、F):1984年に生まれて、スケー トをして育った。それのおかげで世界中を旅してきた。いつもストリートにいながら、ラッキーなことにあまり面倒くさいことには巻き込まれず、今のところクリーンにやってこれてるよ。若いときに世界中のスケーターやグラフィティライターたちに出会って色々学んだことが、自分のアートの礎になってる。

グラフィティから学んだことはなんですか?

F:グラフィティから何か学んでいたら、未だに世界中の街に落書きしまくって破壊するなんてこと、してないだろうね。

今まで訪れたなかで気に入っている場所や国は?

F:13歳のときからいろんなところに行きはじめたわけだけど、1番最初にイタリアを出たのはエジンバラに英語を勉強しにいったときだな。スケートのおかげでヨーロッパの国はほぼ全制覇したよ。生活スタイルや国自体の風潮としては、日本とオーストラリアが好きだ。最もユニークな国だと思う。

最近のミラノはどうですか?

F:ミラノはすごく幻想的な街だよ。歴史的なアートがいっぱいあるし。今のミラノはすごく国際化してよくなったと思うよ。でもミラノを出るとしたら、メルボルンに住むね。1年くらいメルボルンにあるミシュラン・スター付きのレストランで働いていたことがあるんだけど、そのときにメルボルンが好きになっちゃったんだ。

あなたがモノを作るときに大事にしているのは“感じること”、“考えること”どちらですか?

F:自分の作品にとりかかる前には、頭の中で完成型を想像してから作業を始める。コラージュをするときは使う写真を昔の写真集や本から抜きとって、それを計算して幾何学的な形に切り取る。それぞれのイメージがどこに配置されるかで、全く雰囲気が変わるんだ。1番最初のアイディアから発展して変わっていくことによって味が出るんだと思う。

あなたの作品には宗教的な要素が多く見られますが、なぜですか?

F:俺は昔から“生と死”に対してわりと特別な関係を築いてきたと思っている。自分の身体はただの殻で、死んだときに中身が宇宙に溶け込むようにできているんだ。どの宗教にもアイコンや神秘的な生きものがいるだろ?それに惹かれるんだよ。だから俺のアートはダークな面もあって、挑発的になることもあるんだ。

あなたはバラエティとセンスに富んだ世界中の変なモノのコレクターでもありますが、何がきっかけでしたか?

F:80年代にお袋がテレビゲームにハマっていたんだ。そのあとにアーケードゲーム、パソコンのゲームってどんどん変わっていったんだけど。その影響でそういうものは小さいころから集めている。今はそのほかにも色々なものを世界中から集めているよ。最近は本やらレコードやらを大量に買っている。コイツらは滅びないからね。不死身なんだよ。こういうお金の使い方が1番いいと思っている。

SNSを上手く活用しているように感じますが、インターネットの世界をどう思いますか?

F:楽しいから使っているだけ。インターネットの奴隷になりやすい時代だけど、俺の場合は自分が主導権握っているから大丈夫。ただいつも見られる状態にはしたくない。できるもんなら1回世界中の電気を切って全人類に衝撃を与えたいね。「目を覚ませ!」って。インターネットに気をとられて大事なものが見えなくなってるよってね。

TEXT AND INTERVIEW BY SOUSHI MATSUKURA
PORTRAIT PHOTOGRAPHED BY MAM & DAD