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CALI THORNHILL DEWITT INTERVIEW

ノスタルジアは終焉で、僕はまだ終えちゃいない

 

カリ・ソーンヒル・デウィットはアーティストであり、レコードレーベルのオーナーであり、映像監督であり、良き家庭人であり、さらにLAでは市長のような存在だ。20年間にわたってLAのDIYサブカルチャーの中心人物だったデウィットは近年、コンテンポラリー・アートの世界へ進出を果たした。彼は自身の成功を、身近にいるアーティストを目指す若手とシェアをすることで知られている。そんな彼は昨今マイアミと香港のバーゼルでの展示、ニューヨーク、コペンハーゲン、東京、パリでの個展と、常に多忙だ。つい最近まで、デウィットの名はLAのサブカルチャーシーン以外では知られていなかった。16歳の時、バンドHoleのコンサート設営スタッフとして働きはじめ、その後フランシス・ビーン・コバーンの子守りとして少しの間シアトルに住む。21歳 でゲフィン・レコードのA+R(レーベルに所属させるアーティストを探す仕事)になるが、過酷な仕事によりドラッグにはまり、28歳でクリーンに。デウィットが自身のアートを作りはじめたのは30歳になってからで、精力的に作品の発表をしはじめたのは2013年に入ってからのことだ。この機会に42歳という成熟の年齢となった彼に聞きたかった。なぜいまなのか?

経営しているギャラリーとレコードレーベルのことについて教えて下さい。それとアーティストとして自分の作品や個展のこと、15年前の自分と今の自分についてもお聞きしたいです。

CALI THORNHILL DEWITT(以下、C):ギャラリーとレコードレーベルは、ロスのインターナショナル・アンダーグラウンド・コミュニティーをサポートする場所なんだ。長い間続いていたし、自由にコミュニケーションを図るプラットフォームを人々に与えている。自分が意図する役割を果たしているから、成功だと思うよ。ギャラリーは18ヶ月目で閉じたんだ。本当のコマーシャルギャラリーになってきたから、その責任を負いたくなかった。レーベルは数年間何もリリースしてないけれど、まだあるよ。いままで50作くらい出したかな。近いうち新作をリリースする予定はある。15年前はハリウッドでバーテンをやっていて、ドラッグにはまった。やんちゃだったのさ。今もロスに住んでいるよ、ここが好きなんだ。

あなたの作品に書かれている言葉やフレーズのコンセプトは?

C:殆どは、ポピュラー・カルチャーやアメリカの考え方に対する批評だよ。

この春、東京で10人くらいのアーティストと一緒に過ごしたけど、この経験はどうでした?

C:すばらしかったよ!東京は何度か訪れたことがあるけど大好きだね。一度も東京に来たことのない友達がそれぞれの体験をして、一緒に参加出来て楽しかった。東京で出会う人々は本当に優しい。訪れる度にここでの生活を理解できるようになり、その度にこの街が好きになる。東京は一生涯訪れ続けたい街だね。

どんなコネクションを東京に感じますか?ほかの街で開催した個展との違いはなんだと思いますか?

C:初めて東京を訪れたのは2013年の4月。Big Loveのハルカとレーベルの事で何年も前からコンタクトしていたんだ。2010年頃、彼女の友達のチロがロスにくるからアテンドしてくれないか?と聞かれ、案内をしたんだ。よかったよ!チロは僕のベストフレンドになった。チロは何度かロスに来て、ある日東京で個展をしないかと言ってくれた。東京に来てやっとハルカとナカ(Big Loveのオーナー達)に会い、より関係が強くなったんだ。彼らが東京のファミリーを作ってくれた。他の場所との違いは、機能的で小さいスペースが多いこと。そして、他のどこの国でも味わえない歓迎をしてくれること。

いまのあなたのアーティストとしてのキャリアには、アーティストの卵をサポートする精神があると思います。どうですか?

C:自分はユースのスピリッツに共鳴を感じるんだ。若い人からは大人になった人から得られないバイタリティをもらっている。僕は常に“次は何か”ということに興味を持っていて、昔のほうが良かったという考えには賛同しない。いつもその時の言葉でコミュニケーションをとっていたいんだ。過去を振り返るのは死と同じことだと思う。ノスタルジアは終焉で、僕はまだ終えちゃいない。若い人は新しい情報を持っていて、ひねくれた視点もない。もちろん、同年代の友達や同じような考えを持つ年上の友達もいるよ。それ以外にも人を助けるっていうのが人生だと思う。自分は誰かを助けることができる、それは本当にラッキーだと思うよ。

TEXT AND INTERVIEW BT EDDIE GOLDBLATT
TRANSLATED BY TOMOKO OKAMOTO