DUNE libartane

Björk

偉大な才能の悲痛な役目

ビョークがポストモダンのポップアーティストと一線を画す存在であることは、たとえファンでなくとも自然と理解できる周知の事実であろう。彼女は80年代終わりにアイスランドのバンド、〝The Sugarcubes〞の美しく魅惑的なボーカリストとして世間から注目を集めた。彼らがUKインディー界を席巻した要因が、そのファッション性や斬新なサウンドもさることながら、圧倒的な歌唱力を携えた一人の天才の存在にあることは明らかだった。この世のものとは思えない彼女の純粋で霊妙なキャラクターはまるで、金星からやって来た妖精のようであった。93年にその名前の通りのアルバム『Debut』でソロデビューしたビョークは、その後MTVのスターとなっても、既存のカテゴリーや判断基準では定義することのできない、不思議な存在のままだった。それ以降も先鋭性と完成度を兼ね備えたアルバムをリリースしては賞賛され、一度見れば脳裏に焼き付くほどに印象的なPVを次々と発表し、国籍を問わない数多くの雑誌の表紙を飾り、主演を務めたラース・フォン・トリアー監督作『ダンサー・イン・ザ・ダーク』ではオスカー賞にノミネートされた。私生活を通してゴシップも欠かすことなく、サンフランシスコ出身のアメリカを代表するアーティストであるマシュー・バーニーとは、皆が羨むおしどり夫婦として世間の注目を集めた。その蜜月関係が終わりを告げても、世界中のファンからの絶対的な支持が揺らぐことはなく、相変わらず不思議な存在として現在に至っている。自身の作品をつくる過程で一切の妥協を許さず、命の限りを燃やすかの如き真摯な態度で創作に全力を尽くすビョークを、人々はアバンギャルドの象徴として崇めた。

 

幅広いジャンルに渡る実績と何事に対しても深いこだわりを持つ彼女は、現在ニューヨーク現代美術館(以降、MoMA)にて『Björk』という、シンプルなタイトルの回顧展を6月7日まで開催している。20年余りに渡る彼女の全作品を網羅する以外にも、雑誌、PV、日記などの様々な過去のアーカイブから厳選された写真やアーティファクツが展示されている。その充実した内容は、歌手でありながら、魂を持った真のアーティストとしての顔も持つビョークを体現するにふさわしい回顧展となっている。今や49歳になったビョーク。彼女は常に恐れることなく、新しいものとのコラボレーションに果敢に挑戦し続けてきた。ミシェル・ゴンドリーとのPV、アレキサンダー・マックイーンとの衣装、イネス・ヴァン・ラムスウィールド&ヴィノード・マタディンとの写真、クリス・カニンガムとのロボット、そして何人かの職人と製作したカスタム楽器など。彼女は多方面で活躍する数多くのアーティストと象徴的なコラボレーションを実現してきた。ポップカルチャーと密接な繋がりがあり、あるゆる専門分野に精通しているMoMAのチーフ・キュレーターであるクラウス・ビーゼンバック。彼が実現に向けて尽力したこと、ひいては、いつも時代を先取りした展示を開催しているMoMAでビョークの回顧展が開催されたことは、至極当然のことであった。まだまだ続くであろう彼女のキャリアの未だ半ばでの回顧展だが、その構成は歌手、作曲家、そしてミュージシャンとしてあらゆる分野で活躍する彼女の業績を讃えるかのように、ビルの3フロアに渡る大掛かりな展示となっている。この回顧展は、ビョークとビーゼンバックの密接な関係による相互理解の賜物である。参加者は、彼女に関する過去の写真やPVなどから視覚化されたビジュアルを見ながら、彼女の音楽を演劇的演出や臨場感の溢れるサウンドで体感することができる。趣向を凝らした多重構造と参加型の展示構成が参加者を魅了する、両名の思いが伝わる展示だ。

 

来場者がおそらく最初に目にするのは、MoMAが今回の展示用に特別に依頼したアンドリュー・トーマス・ハング監督によるPV『Black Lake』である。この曲は4月1日に発売となった最新アルバム『Vulnicura』に収録されている曲で、ビョークの娘・イサドラの父親であり、10年以上に渡るパートナーであったマシュー・バーニーとの悲痛な別れについての曲だ。彼女自身も〝ハートブレイク〞だと言い切っているように、愛する人との別れに伴う心情の変化、絶望、崩壊を辿った、感情が爆発したアルバムに仕上がっており、このブースはそんな彼女の最近の心情を見事に表現している。約20年前に我々の前に現れた妖精のような少女は母になり、壮絶な別れを経験した。そして今『BLACK LAKE』のPV内でアイスランドの厳しい自然を背景に、ぼんやりと光るイリス・ヴァン・ヘルペンのミニドレスを着ながら、隆起した火山岩の上を裸足で走っている。彼女は過ちを犯した人に向け、心を込めてこう歌う。

 

I did it for love/honored my feelings/You betrayed your own heart/Corrupted that organ/Family was always our sacred mutual mission/Which you abandoned/You have nothing to give/Your heart is hollow/I’m drowned in sorrows/No hope in sight of ever recover/Eternal pain and horrors

 

苦痛と軽蔑に満ちているこの曲をメディアは〝ディス・トラック〞と呼んでいるが、誰に向けているかは周知の事実である。曲の最後でビョークは光に包まれながら生まれ変わる。

 

I am a glowing shiny rocket/Returning home/As I enter the atmosphere/I burn off layer by layer

 

MoMAの2Fに位置する特別に作られた部屋に大きく投影されているこの映像作品は、回顧展のなかでも最も印象的で私的な作品だろう。

 

実際にビョークが紡ぐ音色の源を間近に見ることができるのも、この回顧展の大きな魅力だ。ロビーに展示されている2011年のアルバム『Biophilia』で使用された四つの楽器は、インドネシアの民族音楽ガムランの響きと鍵盤楽器セレスタを掛け合わせた〝ガムレスタ〞、それと〝テスラコイル〞と〝グラビティハープ〞らオリジナルの楽器と〝パイプオルガン〞。この四つの楽器は、何層にも渡り構成されているこの回顧展を構成する重要なレイヤーの一つである。また、AppStoreにて$12.99で販売されているサウンドアプリ『Biophilia』が世界初の美術館の常設コレクションに入り、3Fにあるアーキテクチャ&デザインブースにて展示されている。

 

過去と現在のミュージックビデオで始まった超構造の回顧展は、今回の展示全体の目玉となる〝Songlines〞で最高潮に達する。アイスランド人作家のショーンによる空想的な物語とビョークの音楽が融合した複雑なサウンドインスタレーションは、閲覧するのに別売りの時間制チケットが必要だ。そのあとは、この回顧展でファンが一番訪れたいブースであろう、ビョークの現在までのコスチュームコレクションへとつながる。ここでは、2005年のオスカーで着用したあの悪名高い白鳥のドレスのレプリカと『Debut』の表紙で着用しているモヘアニットの他に、『Pagan Poetry』のときに着ていたアレクサンダー・マックイーンのドレスとマシュー・バーニーのミュージックボックスがドラマチックに展示されている。

 

誤解を承知で言えば、私が考えるビョークのイメージからすれば少し素直すぎる回顧展で、彼女らしさの大きなパートである奇想天外な要素が少し物足りないかもしれない。『Human Behavior』や『Venus as a Boy』などキャリアの初期のPVで見せてくれた、気まぐれで遊び心にあふれた要素はほとんど見られない。つまり、今回の回顧展はアーティストかつ先駆者であるビョークの功績を真面目に祝うための機会なのである。この回顧展は今年の三月に始まって以来、「偉大な展示が持つべき感動がない」「期待に胸をふくらませて訪れた観客が得たかった共感は見られない」といった具合に、批評家から様々な非難を受けている。キュレーターはもしかしたら観客に直感的な旅を提供するよりも、ビョーク自身をMoMAに取り入れるメリットを重視したのかもしれない。しかしMoMAでのビョークの回顧展が少し物足りなく感じたとしても、未だに咲き続いている大胆で妥協しないアーティストの不朽のキャリアを鑑賞することは、この場所以外では決して出来得ない貴重な経験となるはずだ。

TEXT BY CAROL LEE
TRANSLATED BY LUKE BAKER